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三夜 煬帝(ようだい)の柩
三夜 煬帝の柩 24
しおりを挟むかくして、デューイが無事に奇峰の最峰の住居に戻ることが出来たや否や。――いや、あの炎を前にしては、戻るしかないであろう。
デューイは今、少し泣きそうになりながら、住居の中に立っていた。
もちろん、その間には、苦しいことや恐ろしいことが山ほどあり、クーラー・バックを開けることが出来ないように、と、炎帝に、両手の指を焼け焦がされたりもしたが、何とか命だけは無事に、念願の住居へと辿り着いていた。
「おや、デューイさん。随分早かったのですね」
帰って来たデューイを見るなりの一声が、その黄帝の言葉であった。
無期限、という言葉を付けて街に出してくれていたのだから、わずか一月半で血液を手に戻って来るとは思ってもいなかったのだろう。
「舜が……励ましてくれましたから……」
焼け焦げの残る両手を隠し、息も絶え絶えの口調で、デューイは言った。
この辺り、とんでもなく健気である。
黄帝の方は、そんなデューイの火傷に気づいているのかいないのか、それを問いかけることはしなかった。
もとより、『夜の一族』は、回復力もズバ抜けているのだから、そう心配することでもない。デューイの傷も回復に向かい、もう随分、痛みも引き始めていた。
普通の火傷なら、とっくの昔に治っているはずなのだが、あの炎帝に炎に限っては、そうではないらしい。普通の何十倍、何百倍ものダメージがあるのだ。
「これで、舜を生き返らせることが出来ますよね?」
真摯な眼差しで、デューイは訊いた。
だが、黄帝は、うーん、と考えるように、腕を組む。
「あのですね、デューイさん。私は、もう少し舜くんを生き返らせずにおいた方がいいのではないか、と思うのですよ」
「え?」
「舜くんは、あなたにも色々と迷惑をかけていますし、これからもかけるでしょうし、あなたが街で暮らせるようになるまでは、あの子のとばっちりがあなたに行かないように、このままにしておいた方が――」
「とばっちりなんて――っ。確かに《聚首歓宴の盃》の盃のことでは、黄帝様がいてくださらなければ、ぼくは舜と同じように盃の餌食になっていましたが……それは、ぼくの力が足りないからで……。それなのに、舜は謝ってくれて……」
「ほう」
どういう意味を持つ感嘆なのか、黄帝はそう言って、視線を上げた。
「ですから、舜を……」
「優しいだけでは、あの子はどんどん付け上がって行くばかりですよ、デューイさん」
「……」
「あの子は、急いで大人になろうとしない、ある意味では賢い子ですが、周りの人間に迷惑をかける、という部分までもが子供のままでは困るのです。――私の言ってる意味は解ってもらえますね?」
「……はい」
「その上で、もう一度同じことを訊きますが、まだ舜くんを今すぐに生き返らせたいですか?」
優しい口調でありながら、その質問の意味するところは、決して優しいものではあり得なかった。
そして、デューイは確かに迷っていた。――いや、黄帝の言葉に惑わされていた、と言ってもいい。その青年の言葉はいつも正しく、間違いなどないように聞こえるのだ。――いや、聞こえるだけでなく、実際に何も間違ってはいないのだろう。黄帝の言葉こそ、正しいのだ。
「ぼくは……」
「すぐに答えを出す必要はないのですよ。迷う中にも学ぶことはあるのですから。考える時間は、決して無駄にはなりません」
心地よい声で、世にも美しい面貌で、そんなことを言われて、それでも疑問を持つ者がいるだろうか。
少し前のデューイなら、疑問も持たずに、その言葉を受け入れていたに違いない。――いや、今でも疑問など持ってはいない。黄帝の言葉は何より正しく、疑問の余地など全くないものなのだ。
だが、デューイの胸には、間違っていることだと解っていても、どうしても舜を生き返らせてやりたい、という思いが確かにあった。
『危ない目に遭わせて悪かったな』
舜は、自分のしたことの重さを、はっきりと自覚しているのだ。ごまかすことなく、自分の非として認めている。それ以上に、彼に非を打付ける必要がどこにある、というのだろうか。
もちろん、その優しさが、舜を付け上がらせることになるのかも知れないが、それでも――。
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