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三夜 煬帝(ようだい)の柩

三夜 煬帝の柩 22

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「あの、舜、その秘密兵器は、ちょっと……」
 自信満々の舜を気遣うように、デューイは小声で切り出した。
「馬鹿だなぁ」
 何が馬鹿なのかは判らないが、舜は、呆れるような仕草で、そう言った。
「へ?」
 と、デューイが首を傾げたことは、この状況では当然である。
「その作戦は、オレが《聚首歓宴の盃》の力を知らない時に考えてたやつなんだから、役に立たないことは解ってるさ」
 何とも涼しげな言葉である。
 それが負け惜しみであるのか、計算されたものであるのかは、定かではない。何度も言うようだが、この少年、あのとんでもない青年の息子なのである。まだ力は充分でなくとも、器だけは、とてつもなく、でっかい。
「じゃあ、他に何か作戦が?」
「ない」
 ……。
 さっきの言葉は撤回しよう。器には大きな穴が空いているらしい。
「ない、って……」
「オレはまだ子供だから、そんな小さいことに拘らなくてもいいんだよ。伸び伸びと生きるのが一番、大切なんだ――今は死んでるけど」
「……」
 絶句。
 この少年には、もう少し小さいことにも拘ってほしい気がする。それに、炎帝との戦いが、小さなことであるとは、思えない。本気で小さいことだと思っているのなら、この少年、やはり、ただ者ではない。
 とはいえ、将来が不安でもある。
「ほら、そろそろ起きた方がいいぜ。バスが停留所に着く」



 デューイが目を醒ますと、バスの車内通路に立つ男が、ハッとするように、視線を逸らした。
 もちろん、その男を見上げていなかったデューイには知りようもないことだが、その気配は、『夜の一族』になってから、敏感に感じ取ることが出来るようになっていたのだ。
 デューイはクーラー・バックを膝に抱え、バスがスピードを落とすのを、黙って見ていた。
 乗降の際に、客の荷物を奪って逃げる引ったくりは、常道なのである。
 バスが停まり、男は諦めたように、降車口へ向かった。
 デューイは客の乗降が済み、再びバスが発車するまで、ひたすら警戒を続けていた。
 四キロの血液は、普通の人間には結構、重いだろうが、デューイには、使い捨てライターほどの負担もない。それなら、ずっと膝の上に乗せておけば良さそうなものだが、中身は血液、という事情があるのだ。デューイには、出来得る限り、鼻先に近づけたくないものである。
 バスが再び走り出した。
 すでに夜更け。
 雨はまだ降り続いている。
 この雨が血なら――。
 そう考えかけて、デューイは、ぶんぶん、と頭を振った。
 やっとここまでクリアしたのである。眠っていたお陰、とはいえ、ここで血の誘惑に負けてしまっては、舜をがっかりさせてしまうことになる。――いや、やっぱり、と思うだろうか。
 取り敢えず、舜が心配して様子を見に来てくれた、というだけでも、今のデューイには励みであった。
 ちなみに、炎帝の脅しの方は、きれいさっぱり、忘れていた。普段、黄帝や舜、というとんでもないレベルの人間――吸血鬼と一緒に暮らしているために、この青年も、少々のことでは動じなくなっているのである。
 もちろん、もともと鈍い、という意見もあるが。今のところ、デューイは、何とか持ち堪えられそうな予感を感じていた。それがデューイの勘違いでなければいいのだが。
 何しろ、黄帝はという言葉をつけていたのだ。たかが一月半で、デューイがその任務を果たせるとは思えない。


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