華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

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三夜 煬帝(ようだい)の柩

三夜 煬帝の柩 14

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「舜、お父様のことを、あいつなどと呼んではいけませんよ」
「だって……」
「あの方のことですから、きっと何か考えがあってなさったことなのでしょう。私はそう思いますよ、舜」
 自分の息子が幽霊になって現れた、というのに、こちらも驚いてはいないらしい。さすがに、あの青年の妻である。
 彼女の場合、あの美しい青年に、絶対的な信頼をおいているのだ。
「考えなんかあるもんかっ! あいつ、ぼくが死んだら、すぐに柩を用意して、山査子さんざしの下にでも埋める積もりをしてたに決まってるんだっ」
「舜……」
「たまたまデューイがいたから、そいつにぼくを生き返らせるための方法を教えたみたいだけど、それだって、そいつに出来っこない、って判ってるから、教えてやったに決まってるんだ。デューイはぼくと違って昼間は出歩けないし、血を見たら欲望を抑え切れずに、最後の一滴まで飲み干してしまうような奴なんだ」
 舜は涙ながらに、母親の胸の中で、訴えた。
 今度は勢いをつけなかったため、すっぽりといい形に収まっている。
「舜……。私は、あの方から、あなたが死んでしまったことを、聞かされてはいないのですよ」
「そんなの、かーさんに知られない内に、ぼくを闇に葬ってしまうために決まってるじゃないかっ」
 この少年、どうしても父親を悪者にしたいようである。
「たとえそうでも、私はこう思っているのですよ、舜。あの方は、私に心配をかけないように――生きて元気にしている舜に、また必ず逢える機会があるからこそ、教えてはくださらなかったのだと……。そんな気がするのですよ」
「そんなこと……」
 舜は、唇を噛み締めるようにして、うつむいた。
 黄帝が何を言おうと信じはしない舜なのだが、母親の言葉だと、信じてしまいそうになるのである。
 もちろん、今までの経験からして、黄帝が血も涙もない正真正銘の化け物である、ということは、身に染みて承知してはいるのだが。
「理由はともかく、母さんは、あなたに逢えて嬉しいですよ」
 優しく瞳を細めて、碧雲は言った。
「ホントに?」
「ええ」
 それだけで幸せになれてしまうのだから、この少年、まだ子供である。
 頬を目一杯に上気させ、母親の胸に埋もれている。
「足は大丈夫ですか、舜?」
「……ちょっと痛い」
 本当は痛くないのだが、そう言ってみる。
 すると、碧雲は、優しい手で舜の足を摩ってくれた。
 ますますマザコンになっていく行程である。
「舜、私には、黄帝様のお心の全ては解りませんが、あの方が、今、あなたを生き返らせてくださる積もりがないことは、何となく解るような気がするのです」
 足を摩りながら、碧雲は言った。
「……。ぼくだって、解ってる。あいつ、本気で怒ってた」
 表情も態度も何一つ変わってはいなかったが、黄帝は確かに本気で怒っていたのだ。
 舜が《聚首歓宴の盃》に血を吸い尽くされて死ねば、次は、必ずデューイが盃に狙われることを知っていたのに――舜が死んだ後、《聚首歓宴の盃》がデューイを襲うであろうことは、あの時、容易に知り得ることであったのに、それにも拘わらず、舜は黄帝に助けを求めず、デューイの身を危険にさらしてしまったのだ。
 たまたま黄帝がいる時であったから、盃はデューイを襲う前に、黄帝の手で止められたが、そうでなければ、デューイは間違いなく、《聚首歓宴の盃》の餌食にされ、舜と同じ運命になっていたはずなのだ。――いや、デューイの場合、そこで命運が尽きていたかも知れない。
 彼を『夜の一族』にしてしまっただけではなく、今回また、その命まで危険にさらしてしまった、となれば、黄帝が怒るのは当然なのだ。特に、舜は、デューイが街で暮らせるようになるまで、責任を持って面倒をみる、と黄帝に約束をしていたのだから。
「あなたがそれに気づいているのなら、あの方もきっと許してくださるでしょう。――デューイさんとお父様に謝れますね、舜?」
「……はい」
 舜は素直に、うなずいた。
 もちろん、足を折られたことへの怒りは、忘れてはいなかったが。
「でも、一カ月だけここにいてもいい? ぼく、それまで生き返れないし、生き返ったら、次にいつ街に降りて来れるか判らないし……」
「息子の滞在を拒む母親などいませんよ。これも、黄帝様のお心遣いなのでしょう」
「……」
 絶対に違う、と舜は心の中で否定したが、口に出すことはしなかった。母親に逆らう積もりなどないのである。
 とにかく、舜にとっては、夢のような一カ月が始まろうとしていた……。


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