華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

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三夜 煬帝(ようだい)の柩

三夜 煬帝の柩 13

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 デューイが《煬帝の柩》のことを聞き、今、目の前にいる舜が実体ではなく、霊体である、と知ったのは、それからまたしばらくしてからのことであった。
 俗に言う、夢枕に立つ幽霊のようなものであるらしい。らしい、というのは、それを話した舜の方も、よく知らないためで、ここよりも先に化けて出た場所、黄帝の夢枕で、その柩の話を聞いたのだ。
『何とかは死ななきゃ治らない、といいますけど……治ってませんね』
 それが、黄帝の第一声であった。
 舜が憤慨したことは、言うまでもない。黄帝の夢枕で暴れ回ってやろうか、とも思ったが、あっさりと悪霊祓いされてしまいそうだったので、それはやめた。見事成仏させられてしまっては、もう夢枕に立つことも出来ないのである。
 そして、それ以上、黄帝の夢枕にいる気もせず、舜は自由気ままな身を――魂を利用して、自分を生き返らせようとしてくれている、というデューイの夢枕へと立ったのだ。
 だが、この青年、いまいち、頼りになりそうもない。できれば、舜が自分で血液を運びたいところだが、哀しいかな、そこは幽霊の立場なので、生きている者に頼るしかない。
「じゃあ、一月後にまた来るから、それまで人を襲うなよ」
 と、大して期待もしていないような素振りで言って、翻る。
「え? 舜! ずっとぼくと一緒にいてくれるんじゃ――」
「幽霊も取り憑く相手を選ぶんだよ」
 すっかり悪霊気取りである、この少年。
 心細げなデューイを残し、舜はさっさと夢枕を離れた。
 その舜が次に向かったのは、美しい女性の元であった。もちろん、その頃には、デューイのことなど、きれいさっぱり忘れていた。
 デューイには可哀想だが、子供のやることであるから、仕方がない。
 一カ月間、変人の父親や、変態の青年と過ごすよりも、普段逢うことが出来ない大切な女性と過ごす方が、舜としては、ずっといいのだ。
 その女性は、優美なベッドの上で、彫刻のように眠っていた。長く豊かな黒髪を波のようにシーツに零し、清涼感溢れる優しげな面貌で、規則的な呼吸を繰り返している。
 年の頃は、三十代の半ばであろう。――いや、実際の年齢は判らないが、少なくとも見た目は、そう見える。気高い貴婦人のようにも見えるし、清らかな少女のようにも見える、不思議な雰囲気の女性であった。
 名を、碧雲ビーユン、という。
 その名の通り、青碧珠サファイヤで出来た雲のような女性である。
「かーさん……」
 舜は、呼んだ。
 長い睫が小刻みに震え、碧雲がその声に応じて、目を醒ます。
「舜……?」
「かーさん――っ」
 黄帝やデューイに接する態度とは一転して、舜は子供のままの表情で、その貴婦人の胸の中へと飛び込んだ。――が、舜の体は、母親の体を通り抜け、ベッドの向こう側へと落ちてしまった。
 どうやらこの少年、自分が幽霊である、ということを忘れていたようである。つい、勢いがつき過ぎてしまったのだ。
「その姿も、黄帝様の修行の一つなのですか、舜?」
 碧雲の面は、きょとん、としている。
 舜は、ガバっと床から身を起こした。
「修行なもんかっ。ぼく、ついに黄帝に殺されたんだっ」
 おや、いつの間にか黄帝に殺されたことになってしまっている。それに、言葉遣いも心なしか可愛いではないか。
「本当だよ、かーさん。あいつ、ぼくに《聚首歓宴の盃》を扱う力がないことを知っていて、最初から殺してやろうと思って、ぼくに渡したに決まってるんだ。――ほら、この足だって、あいつに折られたんだ」
 と、膝から下が失くなっている右足を、持ち上げる。
 デューイがうっかりと折ってしまった足である。
 もう皆様お解りだろうが、この少年、極度のエディプス・コンプレックスを抱えるマザコンなのである。人間として老いて死ぬことを選んで、街に降りてしまった母親とは滅多に逢えないため、そのマザコン振りは、どんどんエスカレートしてしまっている。同時に、父親嫌いにも、ますます拍車が掛かってる。


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