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三夜 煬帝(ようだい)の柩
三夜 煬帝の柩 11
しおりを挟む「おい、起きろよっ」
「ん……」
「起きろって言ってるだろっ、この変態カメラマンの卵!」
粗暴極まりなく、加えて、情け容赦のないその言葉は、デューイには聞き覚えのあるもので、あった。
しかし、まだそれを現実のものとして聞いてはいなかったのだ。だから、まだ寝足りない目を擦り擦り、うざったい思いで薄目を開けた。
南京の中山路に建つ、一〇階建のホテルの一室である。一九九一年十月にオープンした半円形の近代的なこのホテルは、テニス・コートやサウナ、プールにディスコ、と様々な施設が整い、朝から夜まで退屈しない造りとなっている。
そして、昼日中の今、デューイは自室で、深い眠りに取り憑かれていた――のだが、枕元に立っている人物を見て、ガバッ、とベッドの上に体を起こした。
美しい少年である。幻、という言葉こそ相応しい少年であった。――喋りさえしなければ。
「舜……なのか……?」
デューイは、本当に幻を見るような口調で、その少年に問いかけた。
「やっと起きたか」
まるで本物の舜であるかのように、その少年は言った。
デューイは、ぷるぷる、と頭を振り、
「しっかりしろっ、デューイ。これは幻覚だ。ぼくの罪悪感が創り出している幻覚なんだ。舜がこんなところにいるはずがない。ぼくは今、きっと狂いかけているんだ。だから、信じちゃいけない」
と、口の中でぶつぶつと呟く。
その姿の方が、よほど狂っているように見える。
そして、少し恥ずかしい。
「こいつ……やっぱり本当の馬鹿かも知れない」
舜は、気味の悪いものを見るように、鳥肌立てて、顔を顰めた。
必死に自分を諌(いさ)めているデューイの姿は、頭痛と疲れを催すものであったのだ。
「狂うのは勝手だけど、その罪悪感ってのは、何なんだよ?」
舜は訊いた。
舜は死んでいたので知らないのだが、それはもちろん、せっかく買った血液を、あっと言う間に飲み干してしまったことである。
デューイの面が、ポカン、と舜の方へと持ち上がった。
「本物……なのか……?」
悪態づかれて本物だ、と信じるのもどうかと思うが、それが日常なのだから、致し方ない。
「本物でも偽物でもいいだろ。まず、オレが訊きたいことは、この足だ。黄帝の奴はしらばっくれてたけど、ぼくの足を折ったのは、あのボケおやじなんだろ?」
この少年、さっそく黄帝の夢枕に立って来たらしい。
そう言う舜の右足は、膝から下が、失くなっている。
デューイの罪悪感、其の弐である。
「あ……」
「絶対、あいつに決まってるんだ。棺桶の中に乱暴に放り込んだか、床に置きっ放しにしている間に蹴り飛ばしたか――。そうなんだろ、デューイ?」
これにはデューイも応えようがない。――いや、黄帝に罪をなすり付けてしまうなど、黄帝の崇拝者であるデューイには出来ることでは、ない。
「違うんだ、舜。その足は、ぼくがベッドに運ぼうとした時、うっかり壁に打付けて――」
「別に、黄帝をかばわなくてもいいさ。まあ、あんたならそう言って、あいつをかばうだろうと思ってたけど」
「違うんだっ。それは本当にぼくが――」
「あのクソおやじ、絶対、いつか殴ってやる」
舜の方は、デューイの言葉など聞きもせず、今日も同じ決意を固めている。
この少年、悪いことは全て、あの父親のせいだ、と心の底から思い込んでいるのだ。
デューイがどんなに一生懸命、訴えても――いや、訴えれば訴えるほど、舜はそれを聞かずに、黄帝のしたこと、と決めつけてしまった。
「――で、二番目にオレが聞きたいのは、この体のことだ。あんた、オレが死んでから、オレの体に何か変なことしなかっただろうな?」
舜の双眸が、ギロっと動いた。
日頃から、デューイにケツを掘られるかも知れない危惧を持っていた舜にしてみれば、当然の心配である。
そして、デューイの面貌は、途端に真っ赤になっていた。
罪悪感、其の参である。
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