上 下
63 / 533
二夜 蜃(シェン)の楼(たかどの)

二夜 蜃の楼 29

しおりを挟む


 黄帝の生命の分け方が、どんな方法であったのかは、ここでは語らないことにしよう。
 ここは、雲海を臨む、奇峰の最峰に造られた居の一室である。
 雲海に突き出した頂の内部を刳り貫いたものではあるが、原始的なものではなく、高級感すら、漂っている。電化製品こそないものの、壁や床は、大理石だったりするのだ。
 その一室で、舜は珍しく神妙な顔付きで、黄帝に頭を下げていた。
「ぼくを……ぼくを殺さないでください、お父様……」
 言葉遣いまで、変わっている。
 傍らでは、デューイが同じように――いや、うろたえるように、二人のやり取りを窺っていた。
「ぼく……待ちたいんだ……。莉芬と結婚したいのかどうかは判らないけど……。莉芬が本当に生まれ変わって来るのなら……。もし生まれ変わって、ぼくと逢うようなことがあるのなら……その時には、ぼくも答えが出ていると思うから……。今回みたいに、莉芬を見殺しにするような答えじゃなくて、もっといい答えが出せると思うから……。だから、それまでぼくを殺さないでください」
 生き返って、之罘山からこの最峰の居に戻って来たとはいえ、舜には、デューイの面倒をみる義務を怠った、という、許されざる問題が残っていたのだ。面倒をみてやらなくてはならないはずのデューイから目を離し、一人の少年を死に追いやった、という、あれである。
 今、デューイがうろたえているのも、自分が犯した罪のために、舜が殺されようとしている、というやり切れない現実のためであった。
 たとえ我が息子であろうと、容赦なく殺してしまう父親なのだ、目の前の青年は。
「もう何かを望むようなことはしない、と思っていましたが――。無駄なことを頼むのはおやめなさい、舜くん。私の息子なら例外だ、と思っていた訳ではないでしょう?」
 そんな非情な言葉を、おっとりした口調で口に出してしまうのだ、彼は。
「黄帝様! あれは、ぼくが――」
「あなたのお話しは後で聞きます、デューイさん。今は、舜くんと話をしている途中ですから」
「……」
「舜くんは、こうなることを充分、理解していたのですよ。――そうですね、舜くん?」
 黄帝の問いに、舜は、コクリ、とうなずいた。
 デューイが自分自身で血への欲望を抑えることが出来ない、と解っていながら目を離したのだから、舜が咎められるのは当然なのだ。
 あの世界の人間が血の匂いを持っていなかったために、多分大丈夫だろう、と高をくくり、莉芬が舜との交わりで血を持つまで、その危険性を考えることもしなかったのだから。
「では、もう話し合うこともないでしょう」
 黄帝が、スゥ、と椅子から腰を上げた。
「待ってください! 彼を殺すなら、ぼくも一緒に――」
 デューイが、舜の前に立ち塞がる。
「そう死に急ぐことはありませんよ、デューイさん」
「ですが、あれはぼくが――」
「私が舜くんを殺す意志は変わりませんが、今すぐ殺す積もりもありません」
「え……?」
「暇があるなら、舜くんの勉強を見てあげてください。歴史の勉強をしなくて困っているのですよ。私は一眠りして来ますから」
 あふ、と呑気な欠伸を零し、黄帝は奥の寝室へと姿を消した。
 外は、光の差し込む朝であった……。




                          了



しおりを挟む

処理中です...