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二夜 蜃(シェン)の楼(たかどの)
二夜 蜃の楼 17
しおりを挟む大抵の人間は、その本能で、舜に近づいてはいけない、と感じ取るのだ。普通、舜の美貌に恍惚となっていても、近づいて来る物好きなどは、そうそういない。デューイは確か、その舜に近づいて来た例外であった。あの青年の場合は、少々鈍いところがあるのだが。
ともかく、少女――莉芬が畏怖を感じていない以上、舜にはどうすることも出来ないのである。
それに、この世界の創造主は、女の趣味はいいらしい。もっとも、舜には、どんな女が〃いい女〃なのかは、まだはっきりとは解っていなかったが。
莉芬が、寝台の傍らに来て、身につけている衣の帯を解く。
「わああっ! オ、オレ、風呂キライで、風呂に入ってないし、山ん中を歩き回ってて汚いし――」
舜は慌てて、それを止めた。
結構、往生際が悪い少年である。
もうこうなったら覚悟を決めてしまうしかない、と思えるのだが、そこにはやはり、初めて、という分厚い壁が立ちはだかっているのだろう。
「では、先にお風呂になさいますか?」
莉芬が言った。
「あ、ああ、それがいいも知んない。――でも、オレ、デューイに用があるのを思い出したから、そっちを先に片付けて来るからっ」
そう言って舜は、逃げるように寝台の上から飛び降りた。もちろん、その後も、勢いに任せて、ドアへと駆け出す。
莉芬は哀しげな顔をしていたが――もちろん、舜としても罪悪感のようなものを感じてはいたが、振り返らずに、部屋を出る。
情けない光景である。
男の身勝手かも知れないが、逃げ切れた、と解るともったいない気もして来るもので、舜も決して、その例外ではなかった。デューイの部屋へと向かう道々、一応、経験者であるデューイに、女性のことを訊いてみようか、という気にもなっていたのだ。
「初体験、か……」
何だか、くすぐったいような、やたらとドキドキとする言葉であった……。
男女の営みというものを、決して知らない訳ではないのだ、舜にしても。
黄帝が女を部屋に連れ込んでいるところも見たことがあるし(注:決して覗き見をした訳ではない。堂々と部屋に踏み込んだのである)、知識としては理解している。
ただ、ずっと黄帝と二人、山奥の住居で暮らしていたために、そういう機会がなかったのだ。
所謂、田舎者の典型である。
「あーっ、もうっ。こんなことを考えてる場合じゃないぞっ。オレは蜃を探さなきゃならないんだからなっ」
と、口に出して言ってはみるが、下半身の方は、なかなか収まってはくれない。
「クソォ……。黄帝の奴。全部知ってて、オレをここに来させたに決まってるんだ」
こうなってくると、何もかもが、あの惚けた青年の仕組んだことのように思えて来てならない。
言うことを利かない下半身と戦いながら、舜は、デューイの部屋へと踏み込んだ。が、いきなり、甲高い声が耳に届き、中で起こっていることを、舜に告げた。
体が、カッ、と熱くなった。
どうやら、デューイの方は、夜伽の申し出を拒まなかったらしい。
舜に出来ることは、といえば、静かにドアを閉じることくらいである。
「どいつもこいつも……っ」
と、悪態づきながら、部屋に背を向けて歩き出す。
「だいたい、オレはあいつに、驪山陵の仕掛けのことを訊いて来るように言ったはずだぞ。 それを、女の色香に現を抜かして」
自分がそのデューイを放って、さっさと部屋に戻ってしまったことは、完全に棚の上に上げて、コンクリートで塞いでしまっている。
結論を言えば、経験豊富なアメリカ人青年たるデューイに、嫉妬しているのである。
他のことでは勝てても、これだけは子供である舜には勝つことが出来ないのだ。無論、勝ち負けの問題ではないと思えるのだが、そういうことが気になる年頃でもある。
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