上 下
48 / 533
二夜 蜃(シェン)の楼(たかどの)

二夜 蜃の楼 14

しおりを挟む



 デューイの双眸から、赤光が、消えた。
「悪かった……。矢を抜く間は我慢できたんだけど……血が溢れ出すのを見た途端、我慢できなくなって……」
 と、申し訳なさそうに、視線を落とす。
 今回ばかりは、舜もかなり後ろめたい事情があるので、それ以上の厭味は口に出来ない。
 何しろ、死んでしまっていたのだから、本来なら止めを刺されていても、仕方のない状況であったのだ。ここが見知らぬ場所であり、実態も掴めない未知の世界である限り、死んでしまうなど、もってのほかである。デューイがいたから良かったものの、一人でいたなら、どうなっていたか判らない状況である。
 それに何より、こんなことが黄帝に知れてしまったら、今度はどんな処分を言い渡されるか、解ったものではない。以前、川に落ちて羽根を封印されてしまった時と同様、さらに自由を削り取られるに決まっているのだ。
「まあ、今回は血の匂いを嗅いだんだし、我慢できなくても仕方がないけどさ」
 などと、デューイに対してまで、労りの言葉を持ち出したりなどしている。もちろん、下心があってのことである。
「黄帝には黙っててやるから、オレが死んだことも報告するなよ」
 所謂、交換条件、という奴だ。
 だが――。
「でも、黄帝様に嘘は……」
 黄帝に心酔しまくっているデューイは、融通が利かない。
「嘘をつけとは言っていないさ。訊かれもしないのに喋る必要はない、って言ってるんだ。報告は全部オレがするからさ」
 まだ父親が怖い年頃の子供なのである、舜は。
 ついでに、この世界から出られないかも知れない、とは、夢にも思っていないようである。
「ところで、オレが死んでる間、ここに誰かいなかった?」



 デューイが見た時、その人物は、すでに空間のひずみに消えるところであったという。チラ、っと見た限りでは、舜に似た雰囲気を持つ美しい青年で、夜を司る神のようでもあったと――。
 早い話、アメリカ人である彼には、東洋人の顔の区別など、あまりつかないのだ。
 ちなみに、黄帝に関しては、神々にも等しい存在となっているので、人間と比べる対象にはならないらしい。
 だが、羽根もないのに、虚空に軽やかに浮かんでいた姿は、確かな事実として、残っていた。
「もしかして、そいつが《神仙術》を使う仙人なのかナ……」
 当初の目的である、羽根なしで空を翔る術を使う青年の話に、舜はうっとりと、心を馳せた。こんな状況でも、子供というのは、夢を見ることが出来てしまうのである。
 もし、あの青年が、『香木の杭にでもしておくべきだったかな』と言うのを聞いていたなら、敵としての注意を払えていたかも、知れない。
 だが、舜はその時、死んでいたのである。
 喉元過ぎれば、で、矢を受けた傷も治った今、その青年が敵かも知れない、ということは、舜の頭からは、きれいさっぱり消え失せていた。
 もちろん、ここが何の危険もない(仕掛けにさえ気をつけていれば)世界である、と思い込んでいたせいでも、ある。
「他の宮殿は無防備なのに、何でこの驪山陵だけ、外からの侵入者を拒む仕掛けがしてあるんだろう」
 血の誘惑から立ち直ったデューイが、ぽつり、と言った。
「仕事ができて良かったな」
「へ?」
「秦の始皇帝と気が合うんだから、それを訊いて来てくれよ。オレはもう少し、この世界のことを調べてみるからさ」
 どんな状況でも、わりと楽観的な少年なのである、彼は。
 まあ、親が親であるのだから、思い詰めるような性格ではやっていけないのだろうが。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。 帝国歴515年。サナリア歴3年。 新国家サナリア王国は、超大国ガルナズン帝国の使者からの宣告により、国家存亡の危機に陥る。 アーリア大陸を二分している超大国との戦いは、全滅覚悟の死の戦争である。 だからこそ、サナリア王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。 当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。 命令の中身。 それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。 出来たばかりの国を守るために、サナリア王が判断した人物。 それが第一王子である【フュン・メイダルフィア】だった。 フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。 彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。 そんな人物では、国を背負うことが出来ないだろうと、彼は帝国の人質となってしまったのだ。 しかし、この人質がきっかけとなり、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。 西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。 アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす英雄が誕生することになるのだ。 偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。 他サイトにも書いています。 こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。 小説だけを読める形にしています。

妹はわたくしの物を何でも欲しがる。何でも、わたくしの全てを……そうして妹の元に残るモノはさて、なんでしょう?

ラララキヲ
ファンタジー
 姉と下に2歳離れた妹が居る侯爵家。  両親は可愛く生まれた妹だけを愛し、可愛い妹の為に何でもした。  妹が嫌がることを排除し、妹の好きなものだけを周りに置いた。  その為に『お城のような別邸』を作り、妹はその中でお姫様となった。  姉はそのお城には入れない。  本邸で使用人たちに育てられた姉は『次期侯爵家当主』として恥ずかしくないように育った。  しかしそれをお城の窓から妹は見ていて不満を抱く。  妹は騒いだ。 「お姉さまズルい!!」  そう言って姉の着ていたドレスや宝石を奪う。  しかし…………  末娘のお願いがこのままでは叶えられないと気付いた母親はやっと重い腰を上げた。愛する末娘の為に母親は無い頭を振り絞って素晴らしい方法を見つけた。  それは『悪魔召喚』  悪魔に願い、  妹は『姉の全てを手に入れる』……── ※作中は[姉視点]です。 ※一話が短くブツブツ進みます ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾もあるかも。 ◇なろうにも上げました。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

西遊記龍華伝

百はな
歴史・時代
ー少年は猿の王としてこの地に君臨したー 中国唐時代、花果山にある大きな岩から産まれた少年は猿の王として悪い事をしながら日々を過ごしていた。 牛魔王に兄弟子や須菩提祖師を殺されその罪を被せられ500年間、封印されてしまう。 500年後の春、孫悟空は1人の男と出会い旅に出る事になるが? 心を閉ざした孫悟空が旅をして心を繋ぐ物語 そしてこの物語は彼が[斉天大聖孫悟空]と呼ばれるまでの物語である。

約束の子

月夜野 すみれ
ファンタジー
幼い頃から特別扱いをされていた神官の少年カイル。 カイルが上級神官になったとき、神の化身と言われていた少女ミラが上級神官として同じ神殿にやってきた。 真面目な性格のカイルとわがままなミラは反発しあう。 しかしミラとカイルは「約束の子」、「破壊神の使い」などと呼ばれ命を狙われていたと知る事になる。 攻撃魔法が一切使えないカイルと強力な魔法が使える代わりにバリエーションが少ないミラが「約束の子」/「破壊神の使い」が施行するとされる「契約」を阻む事になる。 カタカナの名前が沢山出てきますが主人公二人の名前以外は覚えなくていいです(特に人名は途中で入れ替わったりしますので)。 名無しだと混乱するから名前が付いてるだけで1度しか出てこない名前も多いので覚える必要はありません。 カクヨム、小説家になろう、ノベマにも同じものを投稿しています。

少年騎士

克全
児童書・童話
「第1回きずな児童書大賞参加作」ポーウィス王国という辺境の小国には、12歳になるとダンジョンか魔境で一定の強さになるまで自分を鍛えなければいけないと言う全国民に対する法律があった。周囲の小国群の中で生き残るため、小国を狙う大国から自国を守るために作られた法律、義務だった。領地持ち騎士家の嫡男ハリー・グリフィスも、その義務に従い1人王都にあるダンジョンに向かって村をでた。だが、両親祖父母の計らいで平民の幼馴染2人も一緒に12歳の義務に同行する事になった。将来救国の英雄となるハリーの物語が始まった。

処理中です...