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二夜 蜃(シェン)の楼(たかどの)
二夜 蜃の楼 5
しおりを挟む吸血鬼――世の人々がそう呼んで畏怖する一族なのだ、舜も、黄帝も。
だが、本来の彼らは、血を吸う不死身の化け物ではなく、生涯、満たされない飢えと戦って行かなくてはならない宿命を持つ、哀しい生き物である。
彼らを知る者なら、彼らのことをこう呼ぶだろう。
死に切れない不遇な人々――と。
絶え間ない喉の渇きと、体を喰い尽くす悪寒に襲われながら、永遠にも等しい時間を生きて行かなくてはならないのだ、彼らは。
「彼の苦しみは、君が一番よく知っているはずですよ、舜くん。君は、血に対する自分の欲望を制御することが出来ますが、彼にはまだ、それが出来ない。潤うことのない喉の渇きと、凍えるような体の寒さ……それをどうすることも出来ずに、苦しんでいるのです。 幼い頃から、それを制御する術を身につけて来た君と違って、彼はいきなり、そういう状況におかれてしまったのですから――。彼が街へ戻っても、血への欲望を抑えることが出来るようになるまで、君には面倒をみてあげなくてはならない責任があるはずです。――そうでしょう、舜くん?」
ゆうるりとした黄帝の言葉に、舜は、コクリ、とうなずいた。
これもいつものことなのだが、その惚けた青年の姿の父親の言葉に逆らえた試しなどないのだ、舜は。
「まあ、君が仙人を探したい、という気持ちも解らないではないですから、ここは、彼も一緒に連れて行ってあげる、ということでどうでしょう」
「え?」
「それなら彼も、一人になることはない訳ですし――」
「そんなの無理に決まってるじゃないか! あいつ――デューイは昼間歩くことも出来ないんだ。一緒に連れて行ったら、何日かかるか――」
「では、今回は諦めなさい。それが彼のためでもあり、君のためでもあると思いますよ、私は」
そう言って、黄帝は眠たげに、あふ、と欠伸をしたのであった……。
そして今、舜は、デューイと共に、仙人が棲むという山東の之罘山に訪れている。
黄帝の蔵書によると、ここは《神仙術》のメッカらしい。もちろん、蔵書には、『神仙術のメッカ』などという安っぽいガイド・ブックのような書き方はされていないが、言葉を変えたところで意味は同じであるから、この場合、舜の理解の仕方に不都合はない。
「ほら、起きろよっ。五分経ったぞ」
と、木に凭れて眠るデューイの尻を、靴の先で、コン、と蹴飛ばす。
年上の青年に向かってこうも偉そうなのは、この少年の性格によるところが大きい。
何しろ、普段、黄帝というとんでもない化け物と一緒に暮らしているため、そこいらの人間など、畏怖する対象には当たらないのだ。
もちろん、デューイに関しても例外ではない。父親の前でこそ、彼を年上の人間として扱っているが、一歩外に出た日には、そんなことなど、これっぽっちも気にかけてはいないのだ。
加えて、デューイの方も、黄帝を崇拝すると同様、その美しい少年をモデルにしたくてたまらない、という事情があるため、生意気な舜の態度にも、怒りを爆発させたりすることは、ない。可愛くてたまらない子供の悪戯を、笑って許してやるのと同じようなものである。
「ん……」
と、今も唸りながら目を開けようとしているが、そこに、蹴られたことへの怒りは、微塵もない。
とろとろと蕩けそうな眼(まなこ)で舜を見上げ、言われた通りに腰を上げたりなどしている。
こうなるとすっかり、下僕、である。
舜は、寝惚け眼のデューイに背中を向け、さっさと山を歩き始めた。
「夏の山って、もっと虫とか動物とかの姿が見えたりするもんだよナ……。鳥の啼き声が聴こえたり、さ」
と、独り言のように、ぽつり、と呟く。
薄暗い山の中を見渡しても、一向にそれらの気配が見当たらないのだ。
そこから数歩も歩いただろうか。
辺りに生す樹木を見上げた時、肩の上に人の影が被さった。
影の主は、デューイである。
だが、その面貌は、おかしくは、ないだろうか。琥珀色であるはずの彼の双眸は、血のように朱く濡れ輝き、唇からは、鋭い乱杭歯が突き出している。
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