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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃

一夜 聚首歓宴の盃 33

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 それっきり、炎帝の声は聞こえなくなった。
「大丈夫でしたか、碧雲?」
 黄帝が、傍らの貴婦人へと、声をかける。
「あなたさまのお側にいて、何の不安がありましょう」
 きれい、と呼べるほどの構図で、二人の唇が重なった。
 しばらくの間、二人が舜の存在を忘れて、大人の時間に浸っていたことは、言うまでもない。
 やっと顔だけ、黄土の封印を解かれた舜は、涙でグシャグシャの顔をしていた。
「随分、反省したようですね」
「……ごめんなさい」
「では、傷の治療にかかりましょうか」
 その言葉に、舜は、ギュ、っと唇を噛み締めた。
「どうかしましたか、舜くん?」
「……かーさんが帰ってからでないと、嫌だ」
 うつむきがちに、小声で応える。その顔は、もう真っ赤である。
「そういうことなのですが、碧雲」
「ええ。お邪魔はいたしません」
「久しぶりに逢ったというのに、申し訳ないですね。何しろ、多感な年頃なもので――」
「余計なことを言うなよっ、この馬鹿! ぼくは、またかーさんを危険な目に遭わせたくないから言ってるだけなんだっ!」
 真っ赤な顔では、何とも説得力がない。
「はいはい。では、私は碧雲を送って来ますから、しばらくそうしていなさい」
「かーさんに余計なことを言ったら承知しないからなっ! かーさんは、あんたのヘラヘラした顔に騙されてるだけなんだっ。少しでも変なことを言ったら、今までの悪行を全部喋ってやるからな――っ!」
 その叫びは、月のない雲海の夜に、いつまでも騒がしく、渡っていた。
 まあ、まだ多くの波乱はありそうだが、今回は、当初の目的通り、無事、腕を取り戻して来た、ということで、めでたし、めでたし、ということにしておこう……。




                     了


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