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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃

一夜 聚首歓宴の盃 32

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「〃久しいのう、黄帝よ。私が黄土の大地に埋もれて眠っている間に、よい息子を持ったようだ〃」
 また、舜の口を使って、炎帝が喋る。
「お望みなら、あなたに差し上げますよ。私の役には立ちませんが、あなたの役には立ってくれているようですからね」
 舜の表情が、わずかに変わった。――いや、炎帝の表情が、というべきであろうか。
「〃息子は渡しても、盃は渡さぬと? いい親もいたものだ〃」
「とんでもありませんよ。こんな子供にしか育てることが出来なかったのですから、大した親ではありません」
「〃この年で、これほどの力を持つ子供は、そなたの少年期以来、見たことがないが〃」
「お互い、狭い世界で暮らしていますからね」
 どこまでも食えない青年なのだ。
「〃よかろう。この子供は私がもらってやろう。またこのような子供が生まれて来ては、厄介だからな。もちろん、そなたの妻の命も、盃も共に――〃」
 ヒュン、と舜の爪が鋭く伸びた。
「やめろお――――っ! いやだああ――っ!」
 舜の言葉も空しく、爪は碧雲の喉を深く貫く。――かに思えたが、五本の指が、その爪の進攻を止めていた。
 黄帝である。さっきまで舜のすぐ側にいたというのに、今はもう、碧雲の傍らへと移動しているのだ。それだけでなく、爪の前に指を翳しただけで、その爪が伸びるのを食い止めている。
 だが、その黄帝の行動を待っていたかのように、舜の手のひらから、氷気が飛んだ。
「いやだあああ――っ! ぼくのかーさんなんだっ! やめろ! かーさんに手を出すな!」
 パァ、と舜の放った気が、砕け散った。
 一方の手で碧雲を護りながら、もう一方の手で、黄帝が同じだけの気を放ったのだ。
 炎帝にさえダメージを与えてしまう舜の魔氷の気功は、そうして消滅させてしまうことが、最良の策なのであろう。何より、黄帝が舜以上の気を放てば、舜は間違いなくやられてしまう。
「困りましたねぇ。部屋の中がめちゃくちゃですよ」
 のんびりとした黄帝の言葉の通り、部屋の中は、嵐が通り過ぎた後のようになっている。気と気の打付かり合いが、もたらしたものである。
「そんなことを言ってないで何とかしてくれよっ! かーさんを殺してしまうじゃないか!」
「殺したくないのなら、何故、炎帝に血を吸われたことを黙っていたのです?」
「――。それは……」
 自分が恥ずかしい思いをしたくなかった、という、つまらない理由である。
 舜の胸には、やり切れない怒りと、情けなさだけが込み上げていた。
 喉元にも、言いようのない何かが固まっている。
「ご……ごめんなさい。ごめんなさい、お父様……。助けてください。かーさんを……。かーさんを……殺したくないんだ……」
 舜は泣きじゃくりながら、訴えた。その間も、手は攻撃を続けている。
 激しい気と気の打付かり合いが、何度も部屋を震わせる。
「助け……かーさんを……」
「やれやれ。もう泣くような年でもないでしょうに」
「ごめ……なさ……。かーさんを……。か……さん……」
「君が自分で責任を取れずに謝った時は、私が力を貸すと言ったはずですよ」
 黄帝の双眸が血の色に染まった。
 黄土の砂塵が舞い上がり、舜の体を包み込む。
 動きを封じるように、舜の体を束縛したその黄土は、確かに砂でありながら、岩石以上の強度を誇っていた。
「覚えているでしょう、炎帝? あなたを封じていた黄土です」
 黄帝が言った。
 砂に包まれた舜の体は、ピクリともしない。
 だが、声は聞こえた。
「〃確かに、血を一滴残さず搾り取られて封印された私には、再び血を得るまで、その封印を解くことは出来なかったな〃」
「今、封印されているのは舜くんの体であり、あなたは私の前に直接現れることも出来ないほどに弱っているはずです。舜くんの氷気は、かなり堪えたでしょうからね」
「〃その少年は、時を経れば危険になる。伝説にもなり得るほどに、な〃」
「諦めてくれますか?」
「〃それではそなたも楽しみがなかろう〃」
「《聚首歓宴の盃》は、この子に預ける積もりをしています。使い方も、この子が決めるでしょう」
「〃手に入れてやろうぞ。その時が来たら、な〃」
 それっきり、炎帝の声は聞こえなくなった。


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