華夏帝王奇譚 §チャイニーズ・バンパイア・ファンタジー§

竹比古

文字の大きさ
上 下
30 / 533
一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃

一夜 聚首歓宴の盃 29

しおりを挟む
「やれやれ。右腕を取りに行って、そんな傷までつけられて帰って来るとは。先が思いやられますね」
 予想通りの厭味である。
「……。何で貴妃が死んだのに消えないんだよ」
 言い返すことも出来ずに、舜は訊いた。
「貴妃が死んでいないからですよ」
「え?」
「死んだと思っているのは君だけです。『彼ら』から一通りの事情は聞きましたが、血を吸われてミイラになったくらいで彼女が死ぬなど……。本気でそんな都合のいいことを考えていたのですか? 君だって、血を失したくらいでは死に切れないでしょうに」
 どうやら、あの水は言葉も話せるらしい。
 舜としては、自分の都合のいいように報告できない訳である。
「他の奴らは血を吸われて死んだんだ。呪術師も、科学者も――。誰だって死んだと思うじゃないか」
「我々の種族の体質は安定していませんからね。血族結婚を繰り返していたり、他種族の血が混ざっていたり……それだけでも随分、違ってしまいます。君にもいつも言っているでしょう。君ほど私に近い存在は滅多に生まれて来ないのだと。どの程度で死ぬかなど、人それぞれなのですよ」
「それなら、オレに、あいつらが不死身の化け物だって教えておいてくれても良かったじゃないか」
「おや、言ったはずですよ。君には荷が重すぎるから、今回は諦めなさい、と」
 グッ、と詰まるしかない言葉である。
 だが、そこで諦めていれば、黄帝は今以上に舜に厭味を言っていたに決まっているのだ。
「だから……だから、オレに偽物の盃を渡したのかよ。オレが取られるに決まってると思って」
 指を結んで、問いかける。
「あー、あれですか。別に君を信用していなかった訳ではないのですよ」
「それならどうして――っ」
「んー……。実は、あの盃は、手に入れてすぐに、つい、うっかり踏んずけて、壊してしまったのですよ」
「へ?」
「ですから、足で、バキっ、と――。それで、あの日、急遽、代わりになるような盃を探しに行って、それを君に渡して――。うっかり壊しました、と言っても、炎帝は信じてくれないでしょうからね」
 こういう奴なのだ、この青年は。
 舜はもう、空いた口が塞がらなかった。
「そ……そんなに簡単に壊れるのか? 呪いが一杯染み込んでいそうな《聚首歓宴の盃》が?」
「まさか」
 矛盾に満ちた言葉である。
「だけど、今、うっかり踏んで壊した、って――」
「ああ、そうですね。あれを踏んだくらいで壊せる人間は、この世にも一人か二人くらいしかいないでしょうね。――君には無理ですよ、舜くん」
「言われなくても解ってるよ」
 化け物め、と、舜は心の中で付け足した。
「今、ある処で直している最中ですから、復元できたら、君に預けてあげてもいいですよ」
「へ?」
「要りませんか?」
「要りませんかって……。何で、そんな危険なもんを修復するんだよ。壊れて幸いじゃないか」
「でも、危険なものがたくさんあった方が、緊張感があって楽しいでしょう?」
 一番緊張感がないのが、この青年である。
 すでに、舜の理解の範囲を超えていた。
「……他にも危ないものを持ってるのか?」
 訊きたくはないが、怖いもの見たさで訊いてみる。
 何しろ、その危険なものの被害に遭う者がいるとすれば、それは今回と同じように、まず間違いなく、その青年の息子たる舜なのである。
「さて。私には、危険と思えるものなど、もう失くなってしまいましたからね。ですから、ただの保管者になっている訳です。いつかそういうものを必要とする時が来るかも知れませんし、そういうものの使い方を定めてくれる人間が現れるかも知れませんからね」
 よく解るような、全く解らないような、言葉であった。
 それでも舜は、こう言った。
「直ったら……《聚首歓宴の盃》が直ったら、オレに預けて欲しい。今はどうすればいいのか解らないけど、考えてみるから」
「覚えておきましょう。今のことろ、君が私の後継者ですからね。いつか、全ての保管品を預けられるようになればいいのですが、まだ当分は、私ものんびりと出来ないようですし」
 充分、のんびりしているように見える。


しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

《 XX 》 ――性染色体XXの女が絶滅した世界で、唯一の女…― 【本編完結】※人物相関図を追加しました

竹比古
恋愛
 今から一六〇年前、有害宇宙線により発生した新種の癌が人々を襲い、性染色体〈XX〉から成る女は絶滅した。  男だけの世界となった地上で、唯一の女として、自らの出生の謎を探る十六夜司――。  わずか十九歳で日本屈指の大財閥、十六夜グループの総帥となり、幼い頃から主治医として側にいるドクター.刄(レン)と共に、失踪した父、十六夜秀隆の行方を追う。  司は一体、何者なのか。  司の側にいる男、ドクター.刄とは何者なのか。  失踪した十六夜秀隆は何をしていたのか。  柊の口から零れた《イースター》とは何を意味する言葉なのか。  謎ばかりが増え続ける。  そして、全てが明らかになった時……。  ※以前に他サイトで掲載していたものです。  ※一部性描写(必要描写です)があります。苦手な方はご注意ください。  ※表紙画:フリーイラストの加工です。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

冤罪をかけられた上に婚約破棄されたので、こんな国出て行ってやります

真理亜
恋愛
「そうですか。では出て行きます」 婚約者である王太子のイーサンから謝罪を要求され、従わないなら国外追放だと脅された公爵令嬢のアイリスは、平然とこう言い放った。  そもそもが冤罪を着せられた上、婚約破棄までされた相手に敬意を表す必要など無いし、そんな王太子が治める国に未練などなかったからだ。  脅しが空振りに終わったイーサンは狼狽えるが、最早後の祭りだった。なんと娘可愛さに公爵自身もまた爵位を返上して国を出ると言い出したのだ。  王国のTOPに位置する公爵家が無くなるなどあってはならないことだ。イーサンは慌てて引き止めるがもう遅かった。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

のほほん異世界暮らし

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生するなんて、夢の中の話だと思っていた。 それが、目を覚ましたら見知らぬ森の中、しかも手元にはなぜかしっかりとした地図と、ちょっとした冒険に必要な道具が揃っていたのだ。

処理中です...