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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃

一夜 聚首歓宴の盃 22

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 クックッ、と低い笑みが、零れ落ちた。
「笑止よのう。わらわの手におのが息子が堕ちたと知って、あの男はどのような顔をすることか。――のう、舜よ」
 ぴちゃ、と唇の血を舐め取りながら、貴妃は言った。
「あいつは、顔色一つ変えやしないさ……。さっそく、次の後継者作りに励むに決まってる」
 貴妃の表情が、わずかに、変わった。それは、主には嘘をつかない――逆らえないはずのしもべ、舜の言葉所以であっただろうか。
「来い、舜よ」
 赤光を放つ瞳で、貴妃は命じた。
「いや……だ……」
 言葉に反して、舜の足は、貴妃の方へと向かって行くではないか。その身はすでに、貴妃の傀儡と化しているのだ。
「応えよ、舜。この水は、《朱珠の実》を作るのに、どう使う?」
 グラスを持ち上げて、貴妃は言った。
「知らな……」
「足掻いても無駄なこと――。さあ、応えよ」
「知らな……オレは知らない……」
「では、黄帝はこれをどう使っている?」
「指……指を浸して……輪を……」
 言葉は、舜の意志とは関係なく、次々と口から零れ落ちた。これが、血を吸われた者の定めなのだ。黄帝がいない今、舜に、その支配を逃れるすべなどない。
「やってみるがよい、舜よ」
 その命令を、舜の体は、甘い囁きのように、受け取っていた。そして、指は、今まで見て来た黄帝の指と同じように、グラスの中へと沈み始めた。
 透き通った『彼ら』の中に、抵抗もなく、沈んで行く。
 舜は瞳を見開いた。
 無数の何かが、一斉に指から、血を吸っているのだ。
『彼ら』だ。
『彼ら』もまた、舜と同じ一族なのだ。恐らく、『彼ら』が吸った血は、『彼ら』の中で、舜や黄帝に最も良いものへと作り替えられ、『彼ら』もまた、黄帝の血から、『彼ら』に取って必要不可欠な成分だけを吸収しているのではないだろうか。
 共存――これが、黄帝と『彼ら』が行って来たことなのだ。だからこそ、『彼ら』は何よりも大切な友人であり、『彼ら』の方も、黄帝を大切な友人としている。
「ほう」
 朱い珠が浮かび上がって来るのを見て、貴妃が感嘆のような声を零した。
 舜が指を抜くのを見て、水面に浮かぶ《朱珠の実》を摘まみ上げる。
 だが、その実は、貴妃の指が触れると同時に、弾け散った。
「な……っ!」
 飛び散った実は、あっと言う間にカサカサに乾き、見る間に灰と化して、消え失せた。
「どういうことじゃ、これは?」
 貴妃が、驚愕と戸惑いを、舜へと向ける。
「さあな。黄帝の作ったものでなければ摘まめないのかも知れないし、『彼ら』が女嫌いなだけなのかも知れない。黄帝は、『彼ら』は友人を選ぶと言っていた」
「『彼ら』?」
 貴妃が、眉を寄せた時であった。部屋の中に、得体の知れない何かの気配が、被さった。
「やっと、おでましか……」
 舜は言った。
《貴妃よ。その者、我が元へ連れ来い》
 耳に直接響く声が、言う。
「ですが、まだ――」
《連れ来るのだ》
 ゴオ、っと炎がうねりを上げた。
「か、かしこまりました、炎帝様……」


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