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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃
一夜 聚首歓宴の盃 20
しおりを挟む興じるような、低い笑い声が、広がった。
「腕を取られてからの方が、威勢がいいではないか。したが、そなたの相手は我ではない。その青年じゃ」
「この卑怯者」
「卑怯なことをしてはならぬ、などということを決めておいた覚えはないが」
「そういう性格だから、黄帝に捨てられるんだ」
グワっ、と空気が逆巻いた。今の言葉は、かなり神経に障ったらしい。
「かかれ、我がしもべよ。その者から、盃と珠を奪うのじゃ」
と、憎悪に満ちた、声が飛ぶ。
「え、あ、この馬鹿! 違うだろっ。おまえが出て来いよ!」
と言っても、もう遅い。舜の思惑は見事に外れ、デューイが凄まじい形相で、飛び掛かって来た。赤光を放つ双眸を見開き、獣のように鋭い乱杭歯を剥いている。
咄嗟のことだったのだ。しかも、デューイはすぐ側にいた。迎撃せずに躱す暇は、舜には、なかった。
デューイの前に左手を翳し、内なる気を、放出する。
「ぐぅ――っ!」
呻きと共に、デューイが後ろの壁へと、吹き飛んだ。
ライティング・デスクが半壊し、デューイの体が、中へとめり込む。
「あ……。やっちゃった。死んだかな」
正当防衛とはいえ、気が引ける。父親には敵わなくても、凄まじい力を持っているのである、この少年。
舜は、デューイの元へと足を進め、ぐったりとする面を覗き込んだ。
カッ、と赤い双眸が、大きく開く。
また咄嗟に手を翳しかけたが、今度は思い止どまるだけの余裕がある。
舜は飛翔し、反対側の壁へと、飛びのいた。
夜の一族となったため、デューイも頑丈になっているのだろう。
だが、舜との力の差は歴然としている。
「おい、出て来いよ、貴妃! この男が相手にならないことは、もう判っただろ」
と、闇の中へと呼びかける。
「……気功を使うとは、な。――いや、黄帝の子なれば当然か。だが、その狭い部屋の中、その者を傷つけずに、どれだけ逃げていられる? 殺すことをためらっていては、逃げ切れまい」
「そこか!」
舜はジャンパーの胸に収める杭を抜き取り、一方の壁へと投げ付けた。
「くぅっ!」
呻きが上がり、稀代の美姫、貴妃の姿が露になった。
その長き髪は射干玉の如く、妖気を放つ美貌は麗しく、人外の美を備えている。
その貴妃の胸には、舜が放った香木の杭が突き立っていた。
麗しい面貌が苦痛に歪み、赤い唇から、乱杭歯が突き出した。
「もう一人の奴がいなきゃ、オレだってあんたの相手くらいは出来るんだ。今回は、ちゃんと準備もして来たし」
「おのれ……」
ゴゴゴゴゴ、っと部屋の空気が捩じ曲がった。時には波打ち、渦を巻きながら、異質のものへと変化して行く。
「この程度のことで、わらわを倒せるとでも思っておるのか……」
胸に突き立つ千歳飴のような杭に手を掛けながら、貴妃は言った。
デューイも貴妃の苦痛に呼応するように、涎を垂らして苦しんでいる。
「抜こうったって、無理だぜ。それは、香木の王と呼ばれる沈香で作った杭――」
舜の言葉は、そこで、止まった。
抜け始めているではないか。小さいとはいえ、沈香で造った、あの杭が。
「あらら……。オレ、右利きだからナ。左手も鍛えてるけど、やっぱり、利き腕のようには行かないよなぁ。ちょっと心臓からズレてたみたいだし」
黄帝の呆れ顔が、目に浮かぶようである。
凄まじい唸りを上げて、杭が抜けた。
それと同時に、部屋の様子も変わっていた。――いや、これが元々の部屋の様子なのだろう。デューイに促されてドアを潜った時から、舜は、この空間へと案内されていたのだ。
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