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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃

一夜 聚首歓宴の盃 17

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「この盃かなァ……」
 翌朝――いや、翌夜、黄帝が夜ばいをかけに出掛けている間に、舜は、黄帝の私室に入り込み、棚や道具箱の中を探っていた。
 目的はもちろん、《聚首歓宴の盃》である。
 さすがに珍しいものや、用途の解らないものまで揃っているが、そのお陰で、どれが目的の盃なのかも解らない。盃だけでも、色々なものが揃っているのだ。一応、そのいわくからして、おどろおどろしいものではないかと思えるのだが、見るからに全て、怪しそうである。
「全部、封印されてるから、どれがどれだかわかんないよなぁ……。あいつ、このガラクタにかけた封印、全部覚えてるのかなァ。やばいものだから、封印を解くためのカギもまた別のものに封印して、その別のものにも封印して……って、面倒臭そうなことをやってんだろうナ」
 結局、行き着くところは、目当ての盃を見つけたところで、舜にはその封印が解けない、ということである。
 だからといって、諦めてしまうことは出来ない。翼のことは、あと九十数年諦めてしまったが、腕はないと不便である。それに、斬り落とされてしまった腕を黄帝の前にさらす度に、厭味を言われてしまうのは、我慢できない。
「だけど、あいつ、何でこんなに色々なもん、持ってんだろ」
「それは、他の者の手にあるよりも、私の手にあった方がいいからだと思いますよ」
「うわああっ!」
 突然、背後から届いた声に、舜は飛び上がるほどに、驚いた。ついでに、ちょっと情けない声まで上げてしまった。
「私の部屋の掃除ですか、舜くん?」
 黄帝が、優しい口調で、問いかける。
「あ、ああ、散らかってたから……って言っても、信じないだろーな。盃を探してたんだよ。厭味ったらしい訊き方をするなよ」
 舜は、ムッ、とふて腐れて、開き直った。
 逆らったところで、無駄なのである。
「親というものは、最後まで子供の言うことを信じてあげなくてはならない生き物なのですよ。たとえ、君がこの部屋のものを盗むのを見ていても、君が盗んでいないと言えば、私も見なかったことにするでしょう」
「……」
 いつも一番痛いところを突いて来るのだ、この青年は。
「実は、私もその盃を探しに行っていましてね」
「え……? 夜ばいに行ってたんじゃないのかよ」
「君のように耳年増だと、男と女のことが下品になってしまうから残念ですねぇ……」
 ふぅ、と溜め息をついて、黄帝は衣の袖から、塗りの剥げた一つの盃を取り出した。
「それ……」
「《聚首歓宴の盃》です。この盃くらい危険なものになると、ここに置いておく訳にもいきませんからね。いつ泥棒が入って来るかも知れませんし」
 と、チラ、っと舜の表情を垣間見る。
 こんな最峰の居に忍び込めるのは、出入りを許された同族の者か、舜くらいのものである。並の人間には、まず無理だ。
「厭味を挟まなきゃ喋れないのかよ、あんたは」
「早く言わずに済むようになれば、とは思っていますが」
 また、厭味。
「オレ、謝らないからな。オレがその盃を欲しがってることは、あんただって知ってたはずなんだ。それを、盗みに入ってくださいと言わんばかりに鍵を開けて出て行って――。あんただって、こんな試され方をしたら気分が悪いだろ? オレを驚かせたあんたは、さぞ気分が良かっただろうけどな」
 それが責任転嫁である、ということは、舜にも充分、解っていた。が、まだ自分のしたことの責任を、全て自分で負うことが出来るほど、大人でもなかったのだ。
 黄帝の表情は変わっていなかったが、微笑んでいるようにも、見えた。
「謝る気がないのなら、自分で責任をお取りなさい。私が君の尻拭いをするのは、君が自分のしたことに責任を取れず、謝った時だけです。君が探していた盃は目の前にあるのですから、言うべき言葉も解っているでしょう?」
 飽くまでも甘やかすような言葉は吐かないのである、こんな状況でも。
「こいつ、親にどんな教育を受けて育ったんだ……」
 舜は小声で、呟いた。
「ん? 何ですか? 聞こえませんよ」
「ぼくにその盃を預けてくださいっ、お父様!」
 反抗期の少年、そのものである。
「解りました。できれば、失くさないようにしてくださいね。危険なものですから」
「子供を信用してるんじゃなかったのかよ」
「信用と事実は別です」
「いつか殴ってやる……」
 今日もまた、同じ決意を固めるのであった・・・・・。


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