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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃
一夜 聚首歓宴の盃 4
しおりを挟む「クソっ。こんなところで死んでる場合じゃないぞっ」
木陰で少し休んで、さっきよりも気分が良くなったので、そう言って自分を励ましてみる。が、まだ元気というには、程遠い。誰かに頼んで落ち着ける場所に連れて行ってもらうにしても、今は、その力さえ満足に使えるかどうか、自信がない。
公園に佇んでいる人々も、舜の余りにも人間離れした美貌のためか、死人のような蒼白さのためか、遠巻きにチラチラと眺めてはいるものの、近づいて来てくれる気配も、ない。
そんな訳で、ただぐったりと木に凭れかかっている時だった。
「ママ、あの人、どーしたの?」
「見てはいけません」
と、親子連れが、去って行く。――いや、これは関係ない。
「君、どうかしたのかい?」
と、一人の青年が、前に立った。
柔らかいウェーブを描く栗色の髪を、肩で一つに束ねる二五、六歳の青年である。少し頬を上気させ、優しい色合いの薄茶色の瞳で、舜の姿を見下ろしている。
どうやら、人に畏怖を与えてしまう少年に近づこうとする変わり者もいるらしい。まあ、これだけ人が溢れているのだから、中にはそういう人間もいるだろう。人が関わってはいけないものに、無防備に近づいて来る人間も。
手にはカメラを持っている。観光客なのかも、知れない。
とにかく今は、救いの神である。
「気分が悪くて……」
舜は、弱々しい言葉を口にした。
青年が目の前に屈み込む。
「ん? おなかが空いているのかい?」
その言葉には、一転して、ムッ、とした。
「オレは浮浪児じゃねーぞっ!」
と、叫んだところで、朝からこんなところにヘタり込んでいては、あまり説得力もなかったであろう。着ている服は普通だが、どこか窶れた雰囲気さえ漂っているのだ、今の舜には。
「あ、ああ、すまない」
青年は素直に、謝ってくれた。
そうなると、舜も、多少の罪の意識を感じない訳には、いかない。
「確かに金も何も持ってないけど……。今は気分が悪くて休んでただけなんだ」
と、言い訳をする。
言い訳をすると、ますます嘘をついているように聞こえてしまうのは、何故なのであろうか。もちろん、今の舜には、それを否定する気力も残ってはいない。
青年も、笑いをかみ殺すように、小刻みに肩を震わせている。混血なのか、彫りの深いその面貌は、割りと人が良さそうに整っている。
「金がないのなら、モデルになってくれないか? モデル料は、ちゃんと払う」
と、カメラを、ひょい、と持ち上げる。
「あんた……カメラマンなのか?」
黄帝から聞いていたカメラというものを垣間見ながら、舜は青年を見上げて問いかけた。
「ああ――と言いたいところだが、まだ卵でね。この公園に入って、最初に君の姿が目についた。伝説の美姫が眠っているのかと思ったよ。それで、どうしても君を撮りたくなって――」
「断る。オレ、カメラ嫌いなんだ」
素っ気ない口調で、舜は言った。
青年の表情が、戸惑いに変わった。
「何か気に障ったのなら――」
「別に。――オレ、もう家に帰るから。ついて来るなよ」
と、さっさと木陰から立ち上がり、舜は公園の外へと歩き出した。
「君――っ」
その青年の言葉も、もちろん、無視する。
もう声を出すことも面倒臭い状況である。ただでさえ気分が悪く、その気分の悪さを圧して歩いているのだ。さっさと落ちついて過ごせる場所を見つけることが、先決であった。
できれば、雲海に覆われた山水画のような、暗くて静かな場所がいい。もちろん、それは、この大都会、上海では、無理な注文であろうが。
陽差しは、さっきよりも強くなっている。雲でもかかってくれれば、もう少し楽になるのだが、こういう時に限って、空は雲一つない快晴である。
舜の体は、激しい悪寒と、全身の血が凍りつくような、言いようのない気分の悪さに覆われていた。皮膚は、火傷を負った時のように、ヒリヒリと辛い痛みを送っている。
「君――っ。待ってくれ、君!」
まだ諦めていないらしい。厄介な声が、追いかけて来る。
舜は、苛立ちを露に、振り返った。
普段なら、これほど気が短い方ではないのだ。
だが、今は気分も悪くて、機嫌も悪い。
振り返るなり、怒鳴りつけ――てやろう、と思ったのだが、舜の体は、その遠心力にさえ耐え切れず、フラリ、と儚く傾いた。
それ以上のことは、覚えていることが出来なかった。
目の前は真っ暗になって、いた……。
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