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一夜 聚首歓宴(しゅうしゅかんえん)の盃
一夜 聚首歓宴の盃 2
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「寝るなよっ、このボケおやじ!」
「ん? ああ、寝てましたか。この一月ほど、君を見張るのに忙しくて、睡眠を取っていなかったものですから、つい」
起こさない方が良かったのかも、知れない。逃げるには絶好の機会であったのだ。
だが、少なくとも舜は、その惚けた青年が寝ている間に逃げ出そうとして、無事、逃げ出せた試しは、一度として、ない。寝ていても、起きていても、同じなのである。それならば、起きていてくれた方が、話も前に進む――かも知れない。
「オレは早く街へ行きたいんだ。それを、のらりくらりともう一カ月もはぐらかしやがって――。それが、可愛い息子にする仕打ちかよっ」
「別に、可愛い、と思ったことはありませんが……」
優しい口調で、そういうことをはっきりと言うのである、この父親は。
「可愛くないなら見捨てろよっ」
得たり、とばかりに、舜は言った。
すると、どうであろうか。
「んー……。仕方がありませんねぇ。一週間で戻って来るのですよ」
と、黄帝は言った。
お許しが出たのである。
「山から出してくれるのか?」
パッ、と瞳を輝かせ、それでも疑いの眼で、舜は訊いた。
「私もそろそろ、ゆっくりと寝たいですし……」
あふ、と欠伸。
「ただし、一週間だけですよ」
「ああ、解ってるって」
山を下りてしまえば、こっちのものである。
二度とこの変人の顔を見ずに済むのか、と思うと、舜の胸は、嬉しさのあまり、踊りまくっていた。一月間、粘った甲斐があった、というものである。
その舜を傍らに、黄帝は何やら、水の入ったクリスタル・グラスのようなものに人差し指を突っ込み、ぐるりと輪を描くように回している。
別に、珍しい光景では、ない。週に一度はすることである。
その黄帝の指の動きに呼応するように、水面に一粒の朱い珠が浮かび上がって来た。グラスの高さが十八センチくらいだとすると、直径、一・五センチほどのものであろうか。液体の珠のようにも見えるし、皮を剥いた葡萄の粒のようにも、見える。それに、よく見ると、グラスの中身も水ではなく、もっと濃い、自らの意志を持った生き物のようにも、見えた。
「いただきまーすっ」
舜は、その朱い粒を指に摘まみ、口の中へと放り込んだ。
舌の上で珠が弾け、慣れた味が喉に広がる。
それは、二人の食料なのである。この雲海の山奥では、唯一の食料、と言ってもいい。
そして、一粒食べれば、普通、一週間は何も食べずに過ごせる、という優れものなのである。
黄帝が、舜の外出に、一週間、という期限をつけたのも、そのためであったのだろう。
だが、街へ行けば、食べ物はワンサと溢れている。舜に取っては、さして気に留めるようなことでもなかった。
そして、腹も満たされ、舜はその日の内に街へ降りることにしたのである。
「死なないようにするのですよ。君ほど私に近い存在は、また何千年も先にしか生まれて来ないかも知れないのですからね」
そんな黄帝の言葉は、もう舜の耳には届いていなかった。舜は、とっくの昔に、目が眩むような絶壁から、雲海の中へと飛び込んでいる。
それは、華麗な飛翔であった。
かくして彼は、数分後には、標高一九〇〇メートルにも達する奇峰の最高峰から、雲海の下、山の裾野へと降り立っていたのである。
「ん? ああ、寝てましたか。この一月ほど、君を見張るのに忙しくて、睡眠を取っていなかったものですから、つい」
起こさない方が良かったのかも、知れない。逃げるには絶好の機会であったのだ。
だが、少なくとも舜は、その惚けた青年が寝ている間に逃げ出そうとして、無事、逃げ出せた試しは、一度として、ない。寝ていても、起きていても、同じなのである。それならば、起きていてくれた方が、話も前に進む――かも知れない。
「オレは早く街へ行きたいんだ。それを、のらりくらりともう一カ月もはぐらかしやがって――。それが、可愛い息子にする仕打ちかよっ」
「別に、可愛い、と思ったことはありませんが……」
優しい口調で、そういうことをはっきりと言うのである、この父親は。
「可愛くないなら見捨てろよっ」
得たり、とばかりに、舜は言った。
すると、どうであろうか。
「んー……。仕方がありませんねぇ。一週間で戻って来るのですよ」
と、黄帝は言った。
お許しが出たのである。
「山から出してくれるのか?」
パッ、と瞳を輝かせ、それでも疑いの眼で、舜は訊いた。
「私もそろそろ、ゆっくりと寝たいですし……」
あふ、と欠伸。
「ただし、一週間だけですよ」
「ああ、解ってるって」
山を下りてしまえば、こっちのものである。
二度とこの変人の顔を見ずに済むのか、と思うと、舜の胸は、嬉しさのあまり、踊りまくっていた。一月間、粘った甲斐があった、というものである。
その舜を傍らに、黄帝は何やら、水の入ったクリスタル・グラスのようなものに人差し指を突っ込み、ぐるりと輪を描くように回している。
別に、珍しい光景では、ない。週に一度はすることである。
その黄帝の指の動きに呼応するように、水面に一粒の朱い珠が浮かび上がって来た。グラスの高さが十八センチくらいだとすると、直径、一・五センチほどのものであろうか。液体の珠のようにも見えるし、皮を剥いた葡萄の粒のようにも、見える。それに、よく見ると、グラスの中身も水ではなく、もっと濃い、自らの意志を持った生き物のようにも、見えた。
「いただきまーすっ」
舜は、その朱い粒を指に摘まみ、口の中へと放り込んだ。
舌の上で珠が弾け、慣れた味が喉に広がる。
それは、二人の食料なのである。この雲海の山奥では、唯一の食料、と言ってもいい。
そして、一粒食べれば、普通、一週間は何も食べずに過ごせる、という優れものなのである。
黄帝が、舜の外出に、一週間、という期限をつけたのも、そのためであったのだろう。
だが、街へ行けば、食べ物はワンサと溢れている。舜に取っては、さして気に留めるようなことでもなかった。
そして、腹も満たされ、舜はその日の内に街へ降りることにしたのである。
「死なないようにするのですよ。君ほど私に近い存在は、また何千年も先にしか生まれて来ないかも知れないのですからね」
そんな黄帝の言葉は、もう舜の耳には届いていなかった。舜は、とっくの昔に、目が眩むような絶壁から、雲海の中へと飛び込んでいる。
それは、華麗な飛翔であった。
かくして彼は、数分後には、標高一九〇〇メートルにも達する奇峰の最高峰から、雲海の下、山の裾野へと降り立っていたのである。
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