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Karte.12 性同一性障害の可不可―違和
性同一性障害の可不可―違和 25
しおりを挟む車のヘッドライトを正面に見て、梨花はどうしようもなく足を止めた。
後ろからも、すぐに男が追い付いて来る。
目の前には、それ以上に恐ろしい闇色のリムジン。
もう、走り出す勇気は、梨花にはなかった。
怖くて、怖くて。
男の影が後ろに立ち、梨花の肩に手をかけた。――その時、目の前のリムジンのドアが、静かに開いた。
姿を見せたのは、夜の中でも長身が際立つ青年だった。
「君も一緒にいたのか」
「……春名先生?」
まさか、と思いながら、それでも聞き覚えのある声に、梨花は呆然と問いかけた。
もう一人、車の中から降りて来たのは、いかにも夏らしいステテコ姿の老人と、その老人に傘をさすスキルの高そうな美女だった。まだ車の中には誰かいるようだったが、出て来る気配はなさそうで……。
梨花には、何が何だか判らなかった。
だが、これだけは伝えておかなくてはならない、そのために圭吾が逃がしてくれたのだから。
「先生……。警察に――。すぐに警察を呼んでください!」
梨花は言った。
だが、その言葉に応えたのは、春名ではなく、その隣に美女と立つステテコ姿の老人だった。
「警察ほどあてにならんもんはない。蛇の道は蛇、ゆうてなぁ。ここはわしに任せてくれんか、お嬢ちゃん」
「お嬢……ちゃん?」
「ん? ああ、これはすまん、すまん! 年寄りは目が悪うてな。仕草や話し方からそう思ったが、女の子じゃなかったかのう」
「女の子ですよ」
横から微笑んで、春名が言った。
初めて会う人に女の子だと思ってもらえて、梨花はこんな時なのに、それが嬉しくてたまらなかった。
だが、今はそんな感情に浸っていられない。背後には、もう一人の男も、圭吾を盾にするように襟首をつかみ、車の方へと近づいて来ていたのだから。そして――。
「ろ……六代目……!」
目玉の皮が剥けそうなほどに目を見開き、目の前の老人をそう呼んだ。
もう一人の男も、直立不動で固まっている。
老人の方は、といえば、のんびりと頬を掻きながら、
「鷹司興業の商売に口ぃ出すつもりはないが、かあちゃんが煩そうてなぁ。この美人の先生の頼みを断ったら離婚や言い腐る。そんなわけで、ここはわしの顔に免じて、手ぇ引いてやってくれんかのぅ」
言葉は柔和なものだったが、そこには有無を言わせぬ何かがあった。たとえステテコ姿であろうとも。
男たちも、
「も、申し訳ありませんっ! 姐さんのお知り合いの方とは存じませんで――!」
と、首根っこを掴んでいた圭吾の服の襟を、今にも整えそうな勢いで、畏まる。それはそうだろう。このLGBTクラブで働くヘラヘラした優男を助けるために、関東一円を取り仕切るヤクザの大親分が出て来たのだから。
「いやいや、すまんのう。――じゃが、警察の手が入ると厄介なことになるからのう。この先は少し大人しくしとった方がええかものぅ」
「は、はっ!」
しばらくは臓器売買は控えろ、ということである。そこにはもちろん、堅気の人間以外にしておけよ、というニュアンスも含まれていて、完全にやめろ、と言っている訳ではないのだが――。
恐らく、明日、圭吾が警察に自首をして、知らずに臓器売買に手を貸していた、と告白しても、警察がその言葉を信じて動いてくれる頃には、何の証拠も痕跡もきれいさっぱり消し去られてしまっているのだろう。警察の手が組織に及ぶことは、彼らにとっても不都合極まりないことなのだから。
「なら、帰るかのぅ。せっかく『ぶりてぇっしゅ・がーでん』の手入れをしておったのに、今日はこれで半日が潰れてしもうた」
そんな六代目の言葉に、
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車の中を垣間見て、長身の精神科医、春名が言った。
「うんうん、あの年で両親ともに亡くして、健気に生きておるなど――。仕事に困ったらいつでも頼って来るといい」
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