可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.12 性同一性障害の可不可―違和

性同一性障害の可不可―違和 21

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「十七歳? 親は大丈夫なんだろうな?」
 サングラスの男が眉間にしわを寄せて訊いて来た。
「じき十八ですよ。母子家庭で、その母親も子供の頃に死んで、今は働いてるらしいっすから」
「おまえ、本当に天才的な悪党だな! 次から次にたらしこみやがって――。ってぇか、どいつもこいつも簡単に騙されるもんだなぁ」
「騙す? 金はかかるけど合法なルートなんですよね?」
 男の言葉に、圭吾は細い目をさらに細めて、問い返した。
「も、もちろんさ! 俺が言ったのは、おまえみたいな悪党に騙される奴がうようよいるもんだ、ってことだよ」
 取って付けたような言葉だった。本人はうまく切り抜けたつもりかも知れない。
「美野里はどこで働いてるんですか?」
 圭吾は訊いた。
「パタヤのクラブだよ。女を武器に働いた方が稼げるからな。すぐに帰って来るさ」
「……」
 本当にそうだろうか。この男はそう言うが、今まで誰一人として、再び圭吾の前に姿を見せた者はいない。もちろん、過去の自分と決別したいから――ということもあるのだろうが。
 それに、圭吾だって、自分の治療費や生まれて来る子供、自分に寄り添ってくれる妻のために蓄えが出来れば、そんなことなど気にも留めてはいなかった。
「急ぎの注文だったからな。謝礼ははずむぜ。――じゃあな」
 男は長居は無用と言わんばかりに、圭吾の前から翻った。
「……あざっす」
 いつものように返したものの、呟き程度の言葉にしかならない。
 そして、ふと心に引っ掛かった。
 ――急ぎの注文……。
 何故、向こうが急ぐのだろうか?
 病院の資金繰りのためなのか、新米医師の育成のためなのか――もしかすると、ヤクザの資金調達のためなのかも知れない。何の理由にせよ、圭吾は性別適合手術を望むトランスセクシャルに、その場を紹介しているだけのことなのだから、関係ない――。そう思ったが、圭吾の足は、自分でも思いがけず、男の後を追いかけていた。
 追いかけて、問い詰めて、何を訊き出そうとしていたのかは定かではない。
 だが、気づいた時には、そうして足を踏み出していたのだ。クラブでの仕事の楽しさも、そこに集う人々の気の良さも、理解されない憐れさも、圭吾には心地よいものであったのだから。
 そして、その圭吾の後を追う姿もあった。
 もちろん圭吾は気づかなかったし、誰かがついて来ているとも思わなかったのだが。
 男は組事務所のある雑居ビルへと姿を消した。その男が堅気の人間でないことくらい知っていたし、ヤクザと言っても一人一人は気さくな人間であったため、悪人であるとも思っていなかった。
 だが……。
「圭さん……!」
 雑居ビルへ入ろうとした時、不意に背後から声をかけられ、圭吾はその声の方を振り返った。
 そこには――。
「……梨花ちゃん?」
 シャツにカジュアルパンツという少年の姿だったが、『Xセオリー』での呼び名しか知らなかったため、そんなちぐはぐな呼び方になってしまった。
「美野里さん、手術費用を返すために働いてるんですか……?」
 不安を込めた眼差しだった。
「話を聞いていたのか?」
 さっきの話を聞かれていたのだとすれば、梨花の口から『Xセオリー』のメンバーに、この話が伝わるのも時間の問題だろう。圭吾が海外手術を斡旋し、バックマージンをもらっているのだと――。
「帰って来れるんですよね……?」
 互いに問いかけばかりが続いてしまって――。
「……。彼女の連絡先を聞いて、連絡してみるよ」
「信じていいんですよね、圭さんの笑顔?」
 ――笑顔……。
 決して無理をして笑顔を作っている訳ではない。ましてや、目の前にいる梨花を安心させるためでも――。
「ああ」
 圭吾は、いつものように微笑んだ。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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