可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.12 性同一性障害の可不可―違和

性同一性障害の可不可―違和 17

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 春名の言葉を聞いて、やっと生気を取り戻した荘司は、
「性同一性障害の診断や、性別適合手術までの間に長い診察期間が必要なのは、きっと、こういうことだから、なんですね……」
 と、自分自身の脆さと流されやすさを目の当たりにするように、眉を落とした。
 もし、春名と出会わず、何のカウンセリングも診察も受けないままに海外へ行き、美野里のように手術をしていたら、その後に直面する様々な問題に打ちのめされ、命さえ断っていたかも知れない。
 胸や女性器が形成されても、他人から見ればオカマにしか見えなかったり、体の不調や重い副作用に悩まされたり、自分がかつて男であったことを隠して生きて行かなくてはならなかったり……。精神科で診察を受けるまでは考えてもいなかったようなことが、本当に山ほどあったのだから。
「美野里も、春名先生に会っていたら、きっと……」
 きっと、安易に海外へなど行かなかっただろう。――いや、美野里が悩みに悩み、ずっと手術を受ける日のことを夢に見ていたのは知っているが。
「弱い部分を持つのは、誰しも同じだ。悩みを抱えているのも、性同一性障害を持つ人間ばかりではない。思い通りに生きられないのは、皆同じなんだよ」
 春名の言葉は、魔法のように、荘司の心を軽くした。
 ――皆、同じ……。
 今までは、誰も自分たちの苦しみや辛さなど解ってはくれない、と思って生きてきたのに、今はそれが自己中心的な八つ当たりのような感情であったことも理解できる。もう、一人で悩んでいるだけの自分ではない、今だから……。




「先生! それですよっ、それっ!」
 荘司が帰ると、例によって仁が診察室へと飛び込んできて、目の前の靄が晴れたように、代名詞ばかりの言葉を口にした。
「それ?」
 当然、春名はそう問い返すことになるわけで――。
「善良な悪党ですよ! すごくすっきりする言葉です。まさにそんな感じですよ、彼を表現する言葉は」
「ああ、その『それ』か」
 ほぼ、笙子の言った『純粋な狂人』『優しい犯罪者』の受け売りだが。
「彼はクラブの会員のことが好きで、仕事が楽しくて、それは決して嘘じゃなくて――。だから偽りなく皆に優しいんですよ。でも、その裏で、好きな人たちを陥れていて……ということは、悪党の部分も嘘じゃない、ってことですか?」
 仁の語気は、信じたくない、とばかりに次第に小さくなって行った。圭吾が悪党の部分も楽しんでいるのなら、彼を慕う荘司=梨花の思いは報われない。
「そうだろうな。もしくは――悪いことだとは思っていないか」
 シェイクスピアを口説き文句に使う聡明な青年が、自分のしていることの善悪が判らない、というのもおかしな話だが。人間、全てに渡って正常に見えても、一点だけが異常であることなど珍しくもない。
「体の性を心の性に合わせたい、と思っているトランスセクシャルに、海外での手術を仲介するのは救いの手を差しのべていることになる――と思っている、ってことですか?」
「彼らの願いを叶えてやっている訳だから、な」
「でも、ぼくからは目を逸らしましたよ」
「んー……、未成年だからか、店に来た初日だったからか――罪悪感からではなかったかも知れない」
 まあ、ここでこんな憶測を巡らせていても、一向に先が見える訳ではないのだが。
「すっきりしたと思ったのに、やっぱりすっきりしない訳の解らない人物ですよね、彼は……。ぼく、また『Xセオリー』に行ってみます」


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