可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.12 性同一性障害の可不可―違和

性同一性障害の可不可―違和 16

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 青池荘司が春名の勤める病院の精神科外来へ訪れたのは、仁が『Xセオリー』に行った翌日のことだった。
「すみません。予約の日をうっかり忘れていて……」
 心から申し訳なさそうに視線を下げて、青池荘司は言った。
 どうやら、診察をすっぽかしたわけではなく、性別適合手術へ向けての気が変わった訳でもなく、本当に診察日を忘れていただけらしい。着替える余裕もなかったのか、今日は学校の制服のままである。無論、男子学生の制服で、ズボンとネクタイ、カッターシャツだ。
 この姿なら、『荘司』という名前の方が似合うだろう。仕草はどこからみても女の子だが。
 それにしても、診察日を忘れるほどの何かがあったのだとしたら、それはそれで心配である。
「若い頃は、病院へ来るよりも楽しいことがたくさんあるだろうからね」
 春名が言うと、
「そうじゃないんです……」
 荘司は、うつむきがちに、心のわだかまりを話し始めた。
 訊けば、信頼し、好意すら抱いていたジェンダークラブのスタッフ、寺島圭吾が、自分たちのことを『憐れなオカマ』呼ばわりするのを聞いて、ショックで何も手につかない状態だったのだという。
「憐れなオカマ? その言葉を彼――そのスタッフが君に言ったのかい?」
「いえ、わたしじゃなくて、何だか怖そうなヤクザみたいな人に……」
「ヤクザ?」
 どうやら、会員海外斡旋説が濃厚になって来た。そのヤクザのような人物が、海外の闇手術ルートを繋ぐ人物なのだとすれば、寺島圭吾の誘いに乗って、海外での手術を決意した会員は、法外な手術費用と渡航費用、滞在費を請求され、金を稼ぐまで日本に帰れないか、金を稼いでも帰してもらえない状況にあるのかも知れない。今現在、手術費用を持っている持っていないは関係ないのだ。後でいくらでも働かせて、稼がせることが出来るのだから。
「圭さんがあんなことを言うなんて……」
 荘司が、大きな瞳に涙を浮かべる。
「いつもはどんな人だったんだい?」
 春名は訊いた。
「優しくて……。何て言っていいのか判らないですけど、不思議な人です」
「不思議?」
 そういえば、仁も「よく解らない人」だと言っていた。
「わたしたちと当たり前に接してくれるっていうか……。心の性のままに見てくれて、それがものすごく自然で……。いつも、どんな時でも優しくて――。そんな人、初めてで、だからとても信頼してたのに……。心の中ではわたしたちのことを可哀そうなオカマだと思ってたなんて……」
 荘司の涙は止まる様子がない。その様子を見ても、彼の――彼女の圭吾に対する信頼は、それまで揺るぎのないものであったのだろう。
 それにしても――。
「もしかすると、彼は悪気があって、君たちをオカマ呼ばわりしたのではなくて、彼にとってはオカマという言葉自体がんじゃないかな?」
 真偽のほどは定かではないが、ずっと『いい顔』を作ってきたのではなく、トランスジェンダーもオカマも、彼にとっては『健気に努力をする性同一性障害の呼び名の一つ』であっただけのことかも知れない。
 春名が言うと、
「そう言えば……」
 と、荘司が思い返すようにして、顔を上げた。
「そう言えば、相手の男の人が圭さんのことを『悪党のクセに』って言った時、『計算していい顔をしてるわけじゃない。本当に楽しいから善人でいられるんだ』って――。わたしたちが憐れだから、っていうのも、その時に……」
 ――悪党なのに、計算して善人面をしている訳ではない。
 そんなところが、仁に『よく解らない人』と言わせたり、荘司に『不思議な人』と言わせたりする部分なのだろうか。
 だとしたら、圭吾が言った『憐れ』の意味も――。
「憐れっていうのは、多分、周囲になかなか理解されない――ジェンダークラブでしか本当の自分を見せられない君たちの境遇に同情しただけじゃないかな?」
「え……?」
 春名の言葉に、荘司が思いがけない言葉を訊いたかのように、ポカンとする。
「きっと、馬鹿にしてさげすんだわけではなくて、君たちが自由に自分を出せないこの国の今を嘆いたんだと思うよ」
「じゃあ、圭さんは……」
 荘司の頬に、少しだけ明るい色が灯った。
 彼らは本当に傷つきやすく。常に周囲の言葉を敏感に感じ取りながら生きている存在なのだ。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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