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Karte.12 性同一性障害の可不可―違和
性同一性障害の可不可―違和 11
しおりを挟む圭吾の紹介で席に着くと、皆が待っていたように、仁の周りを取り囲んだ。
最初は年齢を訊かれたり、女装がしたいだけなのか、それともトランスセクシャルなのか――と言ったことを訊かれたり、嵐のような騒ぎだったが、圭吾が飲み物を持って来てくれる頃には少し落ち着いて、仁について得た情報をもとに、それぞれ話をしているような状態になった。
そして、仁――春菜の隣には、紗耶香というトランスセクシャルの青年が残った。
「シカゴで生まれ育ったのなら、日本に来てガッカリしたでしょ?」
と、ソファに凭れて、肩をすくめる。
「ガッカリ?」
――安全で、衛生的なこの国に?
最初、仁にはその言葉の意味が解らなかったが、
「だって、アメリカの方が医療も技術も進んでいるし――。日本じゃ性別適合手術なんて絶望的だもの」
そこまで言われて、やっと「ああ」と理解したのだ。
「でも、日本でも症例がない訳じゃないし……」
言いながらも、苦しい言い訳であることは解っていた。この国では、まだ真剣に彼らトランスセクシャルのことを考えようという専門家が少な過ぎるのだ。
だが、肝心の話をする切っ掛けには、なった。
「このクラブの中で、誰か海外で手術をした人が?」
仁が訊くと、
「アメリカじゃないけど――。でも、行ったっきり連絡もないし……。この間も梨花――このクラブのメンバーに偶然会って話してたんだけど、そうやって連絡が取れなくなる人たちって、やっぱり手術で失敗したのかな、って……」
紗耶香の話に、いきなり梨花=青池荘司の名前も出て来て、ここが狭い世界であることを実感してしまう。
「でも、連絡が取れないって、家族は?」
「さあ。ここでは本名も住所も聞くことが少ないし、ケイタイのアドレスを知っている仲良しならいても、外で会うことってほぼないし」
確かに、外の世界は彼らにとって、こことは別の禁断の世界でもあるのだろう。
「ここって、手術の斡旋もしてもらえるの?」
仁が訊くと、
「まさか。ここはただのジェンダークラブだし」
「でも……」
確か、青池荘司は、寺島圭吾の紹介で美野里という子が海外で性別適合手術を受けることになった、と言っていた。
「美野里のこと? ――私も詳しく知ってるわけじゃないけど、海外で手術を受ける予定だった人がダメになって――多分、金銭的な問題かな? ――で、相談を受けた圭さんが、美野里に声をかけたんだろう、って――。だから、ここにいたらもしかして、なんて期待は持たない方がいいわよ」
「そうなんだ……」
そんな話をしながら何の気なしに受付の方へ視線を向けると、こちらを見ていた寺島圭吾と目が合った。当然、さっきまでと同様に、優しい笑みが返って来るだろうと思っていたのだが、圭吾は『仁のことなど見ていなかった』と言わんばかりに、自分の手元に視線を落としてしまった。
いや、だからどうだ、という訳ではない。一般的にも、目が合ったら気まずくて目をそらしてしまう人は多いし、照れ隠しにそうする人だっている。
だが、彼なら――。寺島圭吾なら、優しく会釈を返すのではないか、と思っていたのだ。
――見かけ通りの人物ではないのかも知れない。
ふと、そんな気がした。
「あの人は、もうここに長いんですか?」
受付の方を見て仁が訊くと、
「圭さん? そうねぇ。私が半年前に会員になった時にはもういたし、そのころからみんなに慕われてたから、オープン当初からいるんじゃないかしら」
この『Xセオリー』は出来て二年目だというから、オープン当初からいたのだとしても、せいぜい一年と数カ月である。
それなら彼は、それまでの間、一体どこで何をしていた人物なのだろうか。色々な仕事を転々とするニートなのか、勤めていた会社を辞めて、繋ぎのつもりでアルバイトをしているだけなのか。――それにしては生活が安定しているような余裕があるし、また、心に余裕がなければ、他人に優しくなど出来ないだろう。
「ふふ。圭さんは競争率高いわよ」
「えっ? そ、そんなつもりじゃ……!」
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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また、許可を取らなくても構いませんが、動画にしたり、配信した場合は聴きに行ってみたいので、教えてもらえるとすごく嬉しいです!また、使用する際はリンクを貼ってください。
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