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Karte.12 性同一性障害の可不可―違和
性同一性障害の可不可―違和 8
しおりを挟む「彼――じゃなく、彼女の話、どう思いました?」
いつも通り、青池荘司が診察を終えて帰って行くと、仁が診察室に姿を見せた。
「どれほどのリスクがあろうと、心と体の性が一致するのなら、副作用の事前説明を受けていても性転換を望むだろうな」
多少、困り顔で、春名は言った。
『Xセオリー』の客であったという美野里が、正しいカウンセリングと説明を受け、命さえ縮めるかも知れないリスクを知った上で海外に渡ったのかどうかは不明だが、その説明を受ける場すら少ない日本では、安易に海外に出て行く彼らを止めることも出来ない。――いや、海を渡れば性別適合手術は、日本よりも遥かに多い実績を持つ国が多いのだから。
それに、日本ではまだ診断基準や適応条件が厳しく、時間もかかる。彼らにはその時間も苦痛でしかないだろう。
だが、その程度の時間や苛立ちに耐えられない人間に、今後の長い人生を耐えて行けるだけの強さがあるというのだろうか。
相変わらず世間はトランスセクシャルに理解がなく、面白おかしくは取り上げるものの、いざ身内が言いだすと、必ずショックを受けて反対する者たちが大半なのだから。もちろん、うろたえながらも懸命に理解しようとしてくれる親兄弟もいるのだが。
ある国の村の村長は、ずっと自分が「女として生きたい」と思っていたことをカミングアウトし、化粧と女装をして執務につき、社会的差別をなくす法案作りにかかっていたが、議会も村民も理解してはくれず、解任決議案の元、リコール投票で、彼のリコールは成立してしまった。
無論、それは二十年も前のことだが――。ヨーロッパの二十年前と、現代の日本のトランスセクシャルの現状に、それほどの開きがあるとは思えない。
「副作用が酷くても、誰にも連絡をしてこない、っていうのはおかしくないですか?」
「――おかしい、とは?」
何か言いたげな仁の言葉に、春名はうっかり煙草を探しながら、問い返してしまった。――言い忘れていたが、そろそろ禁煙するように、と仁の小言が厳しくて――尚且つ、院内が全館禁煙になってしまったため、ここに煙草はないのである。
「連絡できない状態にあるとか」
仁が言った。
「いきなり、物騒だな」
「ぼくは大真面目ですよ」
「ああ、解っているさ。仁くんがそんな気がするのなら、確かに何かあったのかも知れない」
「もちろん、確かめる術なんてないですけど」
「ホルモン剤の使用は脳内出血を起こすリスクの増加も含めて、細心の注意が必要だ」
本来なら、適切なホルモンの量を調べ、ホルモン療法開始後半年以上たたなければ性別適合手術は行われない。
だが、観光ビザで入国している者に、半年が待てるはずもなく――。また、ホルモンを投与し、手術をしても男としての骨格まで変化するわけではないのだから、手術後、余りにも変わらない自分の姿を目の当たりにして自殺をしてしまう、というケースも、仁の集めてくれた資料の中に含まれていた。
胸や局部を心の性に合わせたとしても、幸せが待っているとは限らないのだ。
あの青池荘司にしても――。
男子トイレに入らなくてはならないのが何よりの苦痛で、屋外でも男女兼用トイレでなければ落ち着けない、というが、性別適合手術後も、それが変わるとは言い切れない。今は華奢な少年の姿で体も未成熟だが、この先、姿はどんどん男のものになって行くに違いない。二十歳を過ぎて手術を受けたとしても、周囲から見れば、
「男? 女?」
と、怪訝に思われる容姿になってしまうことは充分考えられる。
手術を受けたからといって、胸を張って女子トイレに入れるようにはならないかも知れないのだ。――いや、その可能性の方が大きいだろう。
「オカマなんじゃないの?」
と、白い目で見られ、女子トイレに入れず、逃げ帰ることになってしまう確率の方が、ずっと高い。
その時、彼が、どれほどのショックを受けることになるか。
手術前と何も変わっていない周囲の視線――。いや、手術前は、男の体で、男として振舞ってさえいれば、誰にも怪訝には思われなかった。
だが、手術後は女の体で、女として振舞っていても、やはり周囲に気づかれてしまう。顔も、声も、骨格も、筋肉も、どうしても女と全く同じ、とはいかないのだから……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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