270 / 350
Karte.12 性同一性障害の可不可―違和
性同一性障害の可不可―違和 5
しおりを挟む半陰陽や両性具有、その他染色体異常などにより、外見はまぎれもなく男だが――もしくは、女だが――生物学的には……という問題は、今に始まったことではない。
それでも、この国では生後十四日以内に出生届を出さなくてはならず、たったそれだけの短い期間に、戸籍上の性を決めてしまわなくてはならないのである。その結果、女として育ててきたが、第二次性徴で女性化が見られず、男性化してしまう場合もある。
「――酷いですよね。男だとか、女だとか、ほんとに大きなお世話なのに!」
時間外の診療を終え、荘司が帰って行くのを見ると、奥のドアから仁が文句を言いながら姿を見せた。仏頂面で、頬を膨らませるその姿は、年相応に愛らしい。
「何だ、まだいたのか」
「いちゃ悪いんですか?」
こういう時の彼に逆らってはいけない。同じ年頃の荘司が心と体の不一致で悩み、苦しんでいるというのに、法の無神経さや国の気遣いのなさ、一生の問題をたった二週間で決めなくてはならない無理難題――そんなことに沸々と怒りをたぎらせ、完全に一人エキサイトしてしまっているのである。
早い話、傷ついている友人を見て、放っておけない心境なのだ。
「いや、明日ゴミの日だと言っていたから、もう帰って掃除でもしているのかと……」
「ゴミがあるくらいで死んだりしませんよ」
「……」
いつもきっちり過ぎるほど分別して片付けているのは、間違いなく仁の方である。
だが、ここでわざわざそれを指摘して、機嫌を損ねてしまうのも得策ではない。
「資料、助かったよ」
取り敢えず、喜びそうなことを言っておかなくては――。いや、いつもこの『取り敢えず』の言葉が、仁の神経を逆なでしてしまうことになるのだが。
「先生が助かったって仕方がないでしょ? 彼――彼女、余計に傷ついたみたいじゃないですか! また自傷に走ったらどうするんですか?」
――ほら。
大人以上に優秀な秘書ではあるが、心は昨今の少年以上に純粋なのだ。
「彼女はまだ十七歳なんだよ、仁くん」
春名は言った。
「もちろん、知っています」
睨みつけるような言葉が返って来る。
「だったら、性別適合手術さえすれば、全てが望みどおりになって、幸せになれると信じさせておくのは酷だろう」
「それは……」
「もしかしたら、その現実を知れば、手術を望まなくなるかも知れない。何も知らず、手術をしてからでは、もう元にも戻せないし、やり直しもきかない。彼女には、手術の先にある現実を知っても、それでも心と体の性を一致させることを望むのか――その覚悟を訊いておかなくてはならない」
「……。どうして彼らは、当たり前の性を生きられないんでしょう?」
不憫な心を見るように、仁が言った。
「それは俺たちだって同じことだ。全て思い通りになる人生を生きている訳じゃない。どこかで折り合いを付けなくてはならないんだ」
そう――。心と体の性が一致し、五体満足で生きている自分たちでさえ、何の不満もなく毎日を過ごしている訳ではない。もちろん、性同一性障害を抱える彼らのように、片時も自分から切り離すことが出来ないほど、生活に密着した悩みではないかも知れないが。
トイレも、性別の記入も、誰もが当たり前にしていることだからこそ、余計に辛く感じるのだろう。
「彼女が入れるトイレは決まっている。学校帰りの本屋、近所の小さな医院、角のコンビニ――どこも、男性用、女性用に分かれていない、男女兼用のトイレばかりだ」
「……。この病院にも、男女兼用トイレは車椅子用と、婦人科、小児科の一部のトイレだけですね」
「今の社会では、男と女以外の性は認知されていないからな」
待っていても、この先、男と女以外の性が認められる日が来るかどうか判らない。それなら、彼らが自分の性を、その二つに合わせるしかないのが現実――。
「――ところで、彼女、どうして自傷行為に及んだんですか?」
0
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
独り日和 ―春夏秋冬―
八雲翔
ライト文芸
主人公は櫻野冬という老女。
彼を取り巻く人と犬と猫の日常を書いたストーリーです。
仕事を探す四十代女性。
子供を一人で育てている未亡人。
元ヤクザ。
冬とひょんなことでの出会いから、
繋がる物語です。
春夏秋冬。
数ヶ月の出会いが一生の家族になる。
そんな冬と彼女を取り巻く人たちを見守ってください。
*この物語はフィクションです。
実在の人物や団体、地名などとは一切関係ありません。
八雲翔
猫と幼なじみ
鏡野ゆう
ライト文芸
まこっちゃんこと真琴と、家族と猫、そして幼なじみの修ちゃんとの日常。
ここに登場する幼なじみの修ちゃんは『帝国海軍の猫大佐』に登場する藤原三佐で、こちらのお話は三佐の若いころのお話となります。藤原三佐は『俺の彼女は中の人』『貴方と二人で臨む海』にもゲストとして登場しています。
※小説家になろうでも公開中※
愛しくて悲しい僕ら
寺音
ライト文芸
第6回ライト文芸大賞 奨励賞をいただきました。ありがとうございます。
それは、どこかで聞いたことのある歌だった。
まだひと気のない商店街のアーケード。大学一年生中山三月はそこで歌を歌う一人の青年、神崎優太と出会う。
彼女は彼が紡ぐそのメロディを、つい先程まで聴いていた事に気づく。
それは、今朝彼女が見た「夢」の中での事。
その夢は事故に遭い亡くなった愛猫が出てくる不思議な、それでいて優しく彼女の悲しみを癒してくれた不思議な夢だった。
後日、大学で再会した二人。柔らかな雰囲気を持つ優太に三月は次第に惹かれていく。
しかし、彼の知り合いだと言う宮本真志に「アイツには近づかない方が良い」と警告される。
やがて三月は優太の持つ不思議な「力」について知ることとなる。
※第一話から主人公の猫が事故で亡くなっております。描写はぼかしてありますがご注意下さい。
※時代設定は平成後期、まだスマートフォンが主流でなかった時代です。その為、主人公の持ち物が現在と異なります。
化物と雪
ゆめかわ
ライト文芸
むかしむかし。
醜い姿のせいで村人から化物と呼ばれ忌み嫌われている男がいた。
そんな寂しく生きる男の元に、謎多き1人の娘が訪ねてくる。
その娘はとても優しく、美しかった。たとえ人でなくてもいいと思うほどに──
美少女邪神がナビゲート 魔界からのエクシダス!
エンリケ
ライト文芸
ネズミの獣人・プールは貧乏派遣社員。 「なにがやりたいのかわからない」悩みに苦しみ、沸き立つ怒りに翻弄され、自分も人も許せずに身悶える毎日。 暗く糸をひく日常に突然、暗黒邪神が降ってきた! 邪神曰く、「お前は魔王になれ!」 プールは魔王になれるのか? いやそれ以前に、「人としての普通」「怒りのない日々」「愛とか幸せとかの実感」にたどり着けるのか? 世にありふれてる「成功法則」以前の状況を作者の実体験と実践を元に描く泥沼脱出奮闘記。 もしどなたかの足場のひとつになれれば幸いでございます。
小説家になろう、カクヨムにも重複投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる