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Karte.12 性同一性障害の可不可―違和

性同一性障害の可不可―違和 4

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「小さい頃は、いつか自分も胸が大きくなって、こんな……ものも消えてなくなる、と思っていたんです」
 こんなもの――とはもちろん、先日、自分自身で傷つけた男性生殖器のことである。
「ずっと自分のことを女の子だと思っていたし、いつになったら胸が膨らむのかと思って、小学四年生の時に図書室で『からだのしくみ』の本を読んで……。ものすごくショックでした。目の前が真っ暗になって――。自分の体が男のままで、この体はもう一生女の子の体になることはないんだ、って知った時……。死んでしまおうかとも思いました」
 彼らはほんの子供の頃から自分を女、或いは男だと信じ、成長すれば胸が膨らんだり、ペニスが生えてきたりする、と信じていることも多いのだ。
 春名が、一番嫌なことを彼――彼女に問うと、
「トイレです」
 一も二もなく、青池荘司は言った。男子トイレに入って、皆と同じに用を足すことだけは、幼稚園の頃から今に至るまで何よりの苦痛で、誰もいない時間にこっそりと隠れるように行っているらしい。授業のチャイムが鳴る寸前などが、彼女のトイレ時間であるという。入るのはもちろん、男子トイレだが。
「こんな体を誰かに見られるくらいなら……」
 それくらいなら、授業に遅れて叱られる方がまだいいのだと――。
「早く、こんなものを取って、普通に女子トイレに入りたい……」
 彼女の思いは真剣だった。
 今日は学校の帰りにコインロッカーに寄り、持ち出した女の子の服に病院のトイレで着替え、今、春名の前にいる青池荘司は、八重歯のカワイイ女の子として、座っている。その姿は嬉しそうで、ジェンダー仲間の集うクラブで、仲間内だけにしか見せることのなかった姿を、春名に見てもらえることに、何よりも感激しているようでもあった。
 その格好でなら女子トイレに入っても全くおかしくないだろうが、体が男であるために、それもまた悪いことをしているような気がして出来ないのだという。もちろん、今の日本では社会的にも許されないことであるし――。
「君は性別適合手術をゴールと考えているのかも知れないが、そこは一つの通過点でしかないんだ」
 誰もが勘違いをしている部分を明らかにするように、春名は言った、
 学校帰りに彼女がここへ来ていることでも判る通り、今は外来も終わった時間外――。春名の当直の日に、精神科外来で待っていた訳である。あの日よりも落ち着いているようなら、現実的な話もしなくてはならない、と。
「……通過点?」
「ああ。君が心の性と同じ姿を手に入れても、これまでの性を変えることは、出来ない。至る所に、君が男である、と書かれた過去がある」
「――」
「性別適合手術を受けるためには、その次に待っている様々なことを受け入れる覚悟も出来ていなくてはならないんだ。安易な気持ちで体を変えると、取り返しのつかないことになってしまう。今度は周囲に対して、君がもともと男であった、という秘密が出来る訳なんだから――。もしくは、もともとの君を知っている人たちに、奇異な目で見られることになるかも知れない」
 厳しい現実を伝えるように春名が言うと、
「……どうして、男だとか、女だとか、そんなことを一々書かされないといけないんですか?」
 荘司は言った。
「この病院の問診票だって、男か女かに○を付けなきゃいけなかったし、高校受験の時だって、願書に書かなきゃいけなかった。簡単なアンケートや、インターネットのサイト登録、バイトの履歴書……いつもいつも性別を記入しようとすると手が止まって……。自分が男に○をしなきゃいけないことはわかっているけど、でも、やっぱり割り切れなくて……。どうしてもそこで手が止まって……」
「……」
「世の中には、男でも女でもない人だっているでしょう? インターセックスの人は、誰が性別を決めるんですか? どうして本人が決めちゃいけないんですか?」
 どうやら、ジェンダークラブでは色々な情報が語られているらしく、彼女の言うことは、現存する法ではどうにもならない、司法から取りこぼされた哀しい嘆きに近かった。


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