可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

文字の大きさ
上 下
268 / 350
Karte.12 性同一性障害の可不可―違和

性同一性障害の可不可―違和 3

しおりを挟む


 少年の名は、青池荘司といった。十七歳の高校生で、休日と夜はコンビニでバイトをしているらしい。いつか性別適合手術をするためにお金を溜め、まじめに貯金もしている、という。
 遊び歩くでもなく、コツコツと貯金をする彼の姿に、両親もバイトをする息子のことを暖かい目で見守っていたのだろう。小さい頃からの女の子っぽさには、わずかな不安を抱いてはいても――。
 もちろん、両親は、息子――青池荘司が性同一性障害を抱えていることは知らない。――いや、性同一性障害、という病名自体が、そんなに簡単につけられる診断名ではないのだが。――性の違和が、精神分裂病者や精神障害を持つ者の症状の一つであったり、他の異常と関連があるものであってはならないし、そのためのガイドラインが定められ、見極めるためには慎重な診察が必要とされているのだ。
 だが、その第一段階を担い、この問題に取り組む精神科医や、ジェンダー・クリニックが不足していることも事実で……。治療を受けたいのに受けられない患者は、まだまだ多い。
「――で、どうするんですか? ジェンダー・クリニックを置く病院を紹介するんですか?」
 宿直明けなのにまだ院内に留まる春名にコーヒーを出し、こちらも女の子と間違いそうな端正な面立ちをした少年が、春名の顔を覗き込む。
 彼は、『仁くん』とだけ呼ばれている春名の個人秘書で、まだ十七、八歳のあどけなさを留める少年だが、優秀であることはその辺りの大人とは比べ物にならない。仕事上のサポートだけでなく、炊事、洗濯、掃除……などなど、家事の一切を担ってくれているのだ。
「両親に隠したままでは無理だろう」
 未成年者でもあるし、金銭的な問題もある。それに、今の不安定な情緒のまま、両親に告白したとして、すんなり話が進むとは思えない。
「まさか、この病院にもジェンダー・クリニックを――なんて、思ってないですよね?」
「興味がない訳じゃないが――」
「先生はそうでも、ほとんどの先生は興味も持ってないし、自分から関わろうなんて思ってないですよ。余計な仕事を増やされたくもなければ、厄介ごとを背負い込みたくもないんですから」
 ジェンダー・クリニック、と一言で言っても、精神科、内科、泌尿器科、内分泌科、産婦人科、形成外科――それぞれの分野の専門家による医療チームを発足させなくてはならないのだから、協力を得るのは一苦労である。皆、生命にかかわるような病気こそ重要で、心と体の性が違う、などということには、ほとんど興味を持っていないのだから。
「だから、皆、海外で手術を受けるか、もぐりの医者に頼むか、ああして自分でわざと性器を傷つけて、病院で切除してもらうことに期待してしまうんだろうな」
 泣きじゃくる少年の姿を思い浮かべながら、春名は言った。
 今はもう自宅へ戻っているはずだったが、また、外来へ来るように、とは言ってある。彼を連れて来た女装の男性が叔父だと言って身元を引き受けたので、警察へは届けなかった。実際、本当に叔父であり、保護者の元に「今夜、荘司を泊める」と、連絡もしていた。加えて、第三者事故や事件でないこともあったし――、何より、青池荘司のあの涙……。子供の頃から彼が背負ってきたものを思うと、警察へ届け、親を呼び、さらに彼を傷つけてしまう気にはなれなかった。
「何かあったら、先生の責任問題ですよ」
 いつものこととはいえ、仁が渋い顔で睨みつける。
「まあ、俺で取れる責任なら――」
「簡単に言わないでください!」
 それほど簡単に言っている訳ではなのだが――。
「取り敢えず、性同一性障害についての資料を色々と揃えておいてくれないか? 彼――彼女が次に外来に来るまでに」
「揃えますけど、ここでは他の病院に紹介する以上のことは出来ないですよ。――性別適合手術が希望なんでしょ?」
「そうなんだよ……」
 女装や男装をすれば気がまぎれるトランスヴェスタイトでもなく、社会的にも女、もしくは男として認められたくてホルモンを用い、乳房を形成、或いは取り除くトランスジェンダーとも違う。女性生殖器、男性生殖器をも形成し、完全な異性の体にならなければ納得できないトランスセクシャルなのだ、あの少年は――。
「まあ、まだ未成年だからな。それに、充分話をしたわけでもないし」
「するんですか、話?」
 どうも、今回も手厳しい。
「俺も医者の一人だから、な」


しおりを挟む
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

壁乳

リリーブルー
BL
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。 (作者の挿絵付きです。)

処理中です...