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Karte.12 性同一性障害の可不可―違和
性同一性障害の可不可―違和 1
しおりを挟むそろそろ準夜帯から深夜帯に切り替わろうとする時間、救急外来から、当直室で仮眠をとる春名の元に、『患者を診て欲しい』という連絡が回って来た。
患者は十七歳の少年――。
酔った勢いもあってか、自らのペニスをフォークで突き刺し、友人に付き添われてやって来たらしい。
もちろん、彼が言うように本当に自分で刺したのか、それとも他の誰かに刺されたのかは、定かではない。そしてそれは警察が担当する領域であり、医者の仕事は傷を治療することである。――といっても、春名はその治療をする外科医でも泌尿器科医でもないのだが……。
精神科医である春名が呼ばれる、ということは、何かそれなりの事情があるのだろう。刺した個所も個所なら、そこへ至るまでの理由もきっと、外科医や内科医では対処できないものだったのだろうから。
「すぐ行きます」
春名は白衣を掴んで袖を通し、今日はもう眠る時間がないであろうことを察しながら、救急外来へと足を向けた。
総合病院であるここには、内科や外科の患者はもちろん、春名がこうして当直していることでも判る通り、精神病患者が運ばれて来ることも少なくはない。そうでなくとも、精神科病棟に入院する患者の急変で呼ばれたりすることは日常茶飯事で、薬や拘束具で彼らをベッドに縛り付け、精神科医は皆、家に帰ってゆっくり休みましょう、という訳には行かないのだ。
精神科ERを置く病院は少なく、二十四時間精神病患者を受け入れる体制の整った精神病院も少ない。今日のように、精神病を抱える患者が傷を負って運ばれて来ることも、総合病院では起こりうることの一つである。
「春名先生、こっちです――」
外来まで降りて来ると、看護師の一人が処置室へと春名を促した。
忙しい準夜帯のピークを過ぎ、救急外来の前に並べられた長椅子にも、ぽつり、ぽつりと数人が腰かけているだけ。
看護師に促されて処置室へ入ると――いや、入ろうとすると、処置室脇の長椅子に腰かけていた一人の女性に、
「あの、梨花――青池荘司は大丈夫ですか?」
と、声をかけられ、ぎょっとした。――いや、日常、そんなことではぎょっとしないのだが(もちろん、ぎょっとしたことを顔に出したりもしない)、春名に声をかけて来たその女性の声は野太く、顔も肩幅も女性より大きめ――ワンピースを着てはいるものの、そこから覗く喉元や手足の骨格は、まるで……。
「僕もこれから診るところです。――後であなたにもお話を伺うかも知れません」
辛うじてそう応え、春名は処置室へと足を入れた。
そこにいたのは、まだ華奢な少年だった。リップを塗っているかのような艶やかな唇を、一筋にキュッと結んでいる。傷の処置は終わっているようだったが、自分の体を隠すように丸められた背中は、恥ずかしさに震えているようでもあった。
「奥で話そう」
春名はそう言い、
「診察室を一つ借りるよ」
と、傍らの看護師に声をかけた。
今入って来た処置室のドアではなく、右手のドアを開けると、診察室の並ぶ通路に出る。もちろんこっちは医師や看護師が通るためのもので、患者は正面の入り口から出入りする。
だが、今はこの時間であるため、明かりも灯らず真っ暗で――。ここは、日勤帯に受診する患者を診るための診察室なのだ。
明かりを点け、
「さあ、座って――。あ、横になっていた方が楽なら、寝台で休むといい」
春名が言うと、少年は遠慮するように椅子に座った。歩き方や仕草も、どことなく女の子っぽい。
春名の頭の中には、処置室前で声をかけて来た、あの女装をした男の姿が過っていた。世間では、『おねぇ』や『おかま』、酷い時には『変態』とさえ呼ばれてしまう服装倒錯者、異性装嗜好者である。――いや、それだけでは満足できず、社会的にも異性として扱われることを望んだり、完全に心の性のままの体を望む場合もある。トランスヴェスタイトやトランスジェンダー、トランスセクシャル……と、様々な呼び分けがあるのだが、一般にはトランスジェンダーという言葉で認識されている場合が多いだろうか。
恐らく、この少年も……。
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