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Karte.11 黒魔術の可不可―悪魔
黒魔術の可不可―悪魔 29
しおりを挟む静かな住宅街の闇の中に、パトカーのサイレンが近づいて来た。
誰かが窓の割れる音を聞いて、警察に通報したらしい。
「さあ、どうする? ご近所を心配して警察を呼んでくれる人もいるようだ」
仁の肩をしっかりと抱え、春名は黒頭巾の奥の瞳をきつく見据えた。
「まさか……。どうして……?」
ドラッグストアの店員、君原百合も、驚いた様子で仁を見ている。――その驚きはパトカーに関してのものではなく、全く悪魔に取り憑かれた気配のない仁を見てのものだっただろう。その姿を見る限り、彼らは本当に仁が悪魔憑きになっているはずだ、と信じていたに違いない。
「どうなっているんだ? 儀式も滞りなく終わったし、生贄も魔法陣の中に沈んで行った」
そう言ったのは、三人の中で誰だか確信の持てなかった『男』だった。そして、その声は――。
「静谷……章吾さん?」
春名は訊いた。
いや、声自体は静谷のものだが、その自分を過信する喋り方は、まるで別人のもののようで……。
「まさか、あなたは由利さ――」
仁の言葉は、カァ、と危険を告げる鴉の啼き声に遮られた。
「原因は判らんが失敗だ。――行くぞ」
その声を合図に、黒ずくめの三人が屋根裏部屋の梯子に向かう。
「先生、彼らが――」
「まだ満足に動けないだろう? 君を置いて、彼らを追いかけるわけにはいかない。警察がすぐに追ってくれるさ」
春名は仁の側を離れずに、逃げ出す三人の背中を見送った。
犯罪者逮捕は、専門の人間に任せればいい。
――犯罪者……。
彼らは一体、どんな罪に問われるというのだろうか。悪魔を呼びだす儀式を行い、仁の中にその悪魔を棲まわせようとした――。そんなことを言って、果たして信じてもらえるのだろうか。生贄の死体でも見つかれば別だが……。
西條医師の言葉では、生贄は魔法陣の中に沈んで行った、ということだった。本当かどうかは見ていた訳ではないから不明だが、もしそれが本当なら、生贄となった人々の死体は、もうこちらの世界には存在しない、ということになってしまう。静谷の子供が言っていた小動物の死体では、器物損壊がいいところだ。
恐らくその小動物の死体は、鴉に襲われたものではないだろうか。あの黒く凶暴な嘴を突き立てられては、小さな生き物たちなど、ひとたまりもなかっただろうから。
「先生……ぼくには、彼らが本当に悪魔を信じていたとしか思えません」
春名の腕をギュっと掴んで、仁が言った。
「そうだな。少なくとも疑いのない悪魔信仰者だ」
「でも、どうしてぼくには、悪魔が取り憑かなかったんでしょう?」
「そんなものは存在しなかったからだ。そして、君も悪魔の存在を彼らのようには信じていなかった」
「彼らは自己暗示にかかっていたんですか?」
「さあ。今となっては、もう判らない……」
もっと詳しい話が聞ければ、何か判ったのかも知れないが。
パトカーが、由利の家の前で停止した。
「あの黒ずくめの中の一人……」
「由利さんですか?」
「俺には、静谷章吾の声に聞こえた」
「でも、静谷さんは由利さんを嫌っていて、ここには……」
「ああ、解っている。ここに入り込む前に、静谷の奥さんと話をしていたから混乱したんだろう」
「もしかしたら……」
――もしかしたら。
そう。仁が考えていることは、春名も考えたことだった。あれは、春名になり代わろうとした斉藤鶴江のように、静谷になり代わろうとした由利望だったのではないか、と――。
もちろん、そんなことはこの現代社会ではあり得ないことだろうが……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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