可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.11 黒魔術の可不可―悪魔

黒魔術の可不可―悪魔 28

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「ほら、目醒めの時が来たようだ」
 西條医師が言った。――いや、確かシャルル・ベルビギエが医師に化けていると言ったのは、君主サタンだったか。
 そう。もう一人のアヴィニヨンの医師は、涙の国の君主モロクだったのだから、医学生としてここに来ていた仁には適役だ。
 春名は、目を覚まそうとする仁の様子を、固唾を呑んで見守った。
 もし、目覚めた仁が今までと同じ仁ではなく、悪魔にその身を奪われたものであったとしたら――。そんなことはあり得ない、と思っていても、彼らの自信に満ちた姿を見ると、自分の常識に迷いが生じる。
 やはり、静谷章吾は正しかったのではないか、と。
 そういえば、彼の子供も、小動物たちが埋められているのを見つけた、と仁に話していたのだから。それらは全て、これまでに悪魔に捧げられた生贄だったのかも知れない。
「仁くんに悪魔を宿してどうするつもりだ?」
 春名は訊いた。
「どうする?」
 西條医師は、ハッ、と両手を広げて天を仰ぎ、
「彼は我々と同じく、賢く、孤独だ。何をするも、彼の自由に決まっている。我々は彼に何も押し付けたりはしない」
「……」
 賢く、孤独……。
 仁はまだ孤独だったのだろうか。母親に捨てられたと思ったあの日から、肉親でない春名の元では、消えない孤独を抱えて生きていたのだろうか。
「――で、俺にはどんな悪魔を棲まわせるつもりだ?」
 春名が訊くと、また嘲笑のような笑みが零れた。
「あなたは我々とは反りが合いそうにない」
「どういう意味だ?」
「彼のこれからのパートナーは、あなたではない、ということだ」
 仁のこれからのパートナーは、春名ではない――。
「斉藤鶴江か?」
 静谷が言っていたように、由利が静谷に似て来たのなら、斉藤鶴江は春名の姿に似て来る、ということになる。――今は全く似ていない。それだけではなく、性別さえも違う人間だというのに――。いや、人間ではないから、だろうか。
「彼のことがすっかりお気に入りでね。時間がかかり過ぎると反対したんだが、強引に引っ越してしまった。そして、やはり時が来る前にこういうことになった、という訳だ。――あなたには申し訳ないが、当分、行方不明になってもらうしかない」
 淡々とした口調で、それでも愉しむように、西條医師は言った。
「斉藤鶴江が俺になりきるまで、か?」
「信じていないのだろう?」
「信じるわけにはいかない」
 それを認めてしまったら、仁が悪魔に乗っ取られてしまった、ということも、認めることになってしまう。
 仁がもう今までの仁で無くなってしまっているのだとすれば、春名は……。またあの時のように幻覚が視え、幻聴が聞こえ、徐々に壊れて行くことになるだろう。仁以外の誰も、春名の弱さを知らないのだから。
「ん……」
 祭壇の上から、目醒めを告げる声が聞こえた。
 ただの小さな呻きだが、それは確かに仁のもので、別の何かになっているとは思えない。
「すぐに信じますよ。自分の目と耳で確かめれば」
 仁が、ゆっくりと、目を開いた。
「……先生?」
「仁くん――! 大丈夫なのか? 俺のことが判るのか?」
 信じるわけにはいかない、とは言ったものの、やはり口から出て来たのは、非現実的な悪魔の召喚を案じる言葉であった。
「判りますけど――。先生こそ、どうしたんですか? あ、そういえば、ぼく、由利さんの家の屋根裏部屋で――」
 仁が、ガバッ、と身を起こした。
 まだ薬で体がもたつくようだが、どう見てもそれは仁そのものの反応だった。
「――どういうことなんだ?」
 そう言ったのは、西條医師だった。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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