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Karte.11 黒魔術の可不可―悪魔
黒魔術の可不可―悪魔 26
しおりを挟む「あの鴉の呪文は――」
春名は、他の聞き取れない声に唱和するように言葉を操る鴉の姿に、ハッとして頭上の小窓に視線を移した。
何かの儀式が行われているのだ。――恐らくそれは……。
もう外に突っ立って見上げている訳にはいかない。
不法侵入であることは解っていたが、通報されて困るのは春名ではなく、今、この家にいる人間の方だろうから、そんなことを気にする必要もない。
春名は敷地を囲む柵の上に飛び乗ると、カーポートの屋根伝いに二階の窓の一つに手をかけ、鍵がかかっていることを確認して、素手でガラスを殴りつけた。
夜のこと、割れればかなりの音がするだろうが、警官を呼ぶ手間が省けてちょうどいい。
窓を叩きつける振動に驚いたのか、鴉がカァと鳴いて、窓から飛んだ。
夜でも明るい現代社会は、薄闇に目の利く鴉の自由を奪うこともない。よく鳥類は鳥目だから暗い中ではほとんど見えない、と思われているが、そうではない鳥も多いのだ。
窓は一度叩いただけでは割れてはくれず、手が折れるほどの痛みが駆け抜けた。それでも構わず窓の中心を叩き続けると、やっと大きな破壊音を立てて、窓が割れた。
もちろん、春名の手も無傷ではなかったが。
窓枠に残る破片を除き、春名は二階の一室に足を入れた。
すでに、屋根裏部屋からの声はしない。
それはそうだろう。これだけ派手な音を立てたのだから、部外者の侵入にも気づいているに違いない。
春名は躊躇なく部屋を横切り、廊下に出た。
見回すほどもない空間である。下へ降りる階段と、春名が入って来た部屋の他に、ドアが二つ。そして、屋根裏部屋へ上がる梯子が下ろされていた。まるで、春名に上って来い、とでも言うように――。
もちろん、上らず帰ることなど出来はしない。無鉄砲に飛び込むことも出来ないが――。上り切った途端にゴルフクラブや金属バット、儀式のための生贄を屠る刃が振り下ろされる危険に備え、注意していれば最初の一撃は躱せるだろう。
そして、顔を出した屋根裏部屋には――。
「やあ、これで役者がそろった」
頭からすっぽりと黒ずくめの頭巾をかぶる、《西洋文化の集い》のメンバーの一人が言った。恐らく、西條医師だろう。後二人、同じ格好をした者たちがいる。
部屋の中央には魔法陣が描かれ、正面に小さな明かり取りの窓が見えた。
そして、部屋の一方に設えられた、祭壇――。そこに横たえられているのは……。
「仁くん!」
春名は即座に梯子を上り切り、その祭壇へと駆け寄った。
見た目、仁は傷も負っておらず、規則的な呼吸を繰り返している。どうやら、眠らされているだけらしい。
「――彼に何をした?」
仁を守るように祭壇を背にして、春名は訊いた。
「役者はそろったけど、この《違い》じゃ、まだまだみたいね」
黒ずくめの一人が、春名の姿を上から下まで舐めまわして、嘲笑のような言葉を吐き出した。若い女の声ということは、ドラッグストアの店員、君原百合だろう。
あとの一人は喋っていないが、男のような体格だった。春名ほどの背丈はないが、立ち姿だけでも、性別くらいは判るものだ。黒ずくめのマントの裾から覗くルームシューズの爪先も、足を開いて立っていることが窺える間隔であった。女性の立ち姿とは思えない。
「あれだけ派手に窓ガラスを割ったんだ。すぐに近所の誰かが警察を呼ぶ。そうなれば、ここでのことを隠しておくことは出来ないぞ」
春名は言った。
「はたしてそうかな? 新興住宅街での近所づきあいなどあってないようなものだ。下手に警察を呼んで揉め事にでもなったら――。そう考える人間の方が遥かに多い」
「……」
以前にもそんなことがあったのか、西條医師の言葉は、揺るぎない自信に溢れていた。
「――で、誰も来ないなら、これからどうするんだ? 俺を生贄に伝説の悪魔を呼びだすのか?」
床に書かれた魔法陣を見て、冷ややかな口調で、春名は訊いた。
すると、クスリ、と人を小馬鹿にするような笑いが零れ、
「もう生贄は捧げた。悪魔はホラ、君の後ろにいる少年の中に召喚されている」
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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