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Karte.11 黒魔術の可不可―悪魔
黒魔術の可不可―悪魔 22
しおりを挟む占星術師、斉藤鶴江がこのマンションにいるということは、もう今日の《西洋文化の集い》はお開きになっているのだろう。
だが、だとしたら、仁も戻って来てもいいはずである。どうせ同じマンションなのだから、一緒に帰って来る方が自然だろう。斉藤鶴江がこのマンションに戻って来ているのなら。
味噌汁を飲む笙子の傍らで、春名はその不自然さに眉を寄せた。
――斉藤鶴江だけここに戻って来ていて、仁はまだ戻って来ていない。
不安に胸が膨れ上がった。
「その占星術師は、君と同じ頃にマンションに戻って来ていたんだな?」
春名が訊くと、
「え? 違うわよ。私がマンションに戻って来た時に、あの人が出て行くのが見えたの。だから、帰って来た時間は知らないわ」
「……」
――笙子がマンションに帰って来た時に、斉藤鶴江はこのマンションを出て行った……。
西洋文化の集いは、そんなに早い時間に終わっていたのだろうか。
いつもは色々と話題が尽きなくて、由利の家に泊って来ることさえあるというのに――。
「どうしたの?」
笙子に訊かれ、
「……数ヶ月前、俺のところに、隣人がどんどん自分に似て来る、という訴えを持って来た患者がいた」
「はあっ? 何それ? 妄想?」
「妄想じゃなかったのかも知れない……」
信じられない思いで、春名は言った。
――そう。こうして自分で口に出して言ってみても、信じられることではない。隣人がどんどんどんどん自分に似て来るなど。
だが、もしそれが本当のことで、静谷の言っていたことが現実に起こっているのだとしたら――。
悪魔という存在がこの世に現れ、人間となり代わろうとしているのだとしたら――。
いや、もちろんそんなことは非現実的なことで、この現実世界に悪魔など存在しているはずはないのだが。
だが……。
だが、静谷は悪魔を信じていた。あれほど懸命に、春名に隣人の異変を訴えていた。
「ちょっと出て来る」
春名は車のキーを取って、玄関に向かった。
「私も行くわ」
「いや、ここで隣の様子を見ていてくれ」
「占星術師のおばさんを?」
「俺と見間違いそうになったんだろ? これからますます似て来るのかも知れない」
「まさか」
「少なくとも、俺の患者はそう言っていた」
体を乗っ取って入れ替わる訳ではなく、相手の姿を映し取って入れ替わるのだと。
春名は部屋を後にした。
そんな荒唐無稽なことを信じている訳ではないが、全てを否定したままでは、一向に前に進まない。それどころか、全てが手遅れになってしまう。仁に何かあってからでは遅すぎるのだ。
診察に来なくなった静谷のことも含めて、その不安を確かめずにはいられなかった。
静谷――。由利が彼の姿形を乗っ取って、入れ替わろうとしているのは何故なのだろうか。
そして、占星術師の斉藤鶴江が、春名の姿になろうとしているのは……。
たとえ斉藤鶴江が春名にそっくりの容姿になったとしても、仁がそれに気づかないはずはない。それでなくとも、職場たる病院に春名として出勤すれば、すぐに化けの皮が剥がれてしまう。
なら……。
一体何を考えているのだろうか。
そして、仁をどうするつもりなのだろうか。
そんなことを考えながらも、本気でそんなことを信じているのか、と訊かれれば、まさか、と首を振ったに違いない。そんな非現実的なことはあり得ない、と。
だが、悪魔の仕業でないにしても、現代の驚くような技術の中では、外身だけなら全くの別人になることも不可能ではない。斉藤鶴江も、このところメディアに顔を見せなくなり、姿を隠していたのだから、その間に容姿を変えることも出来たかも――知れない。
少しずつ、少しずつ、周囲に不自然に思われないように、何ヶ月もかけて……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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