可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

Karte.１１ 黒魔術の可不可―悪魔

黒魔術の可不可―悪魔 １５

「ほら、スゴイでしょ、先生？」
　フランス製の洗剤を得意げに見せる仁に、春名は返す言葉を一瞬、迷った。
「あ、今、馬鹿にしましたよね？」
　すかさず仁が、頬を膨らませて、春名を睨む。
「いや……。洗剤を手に歓ぶ十代の少年を可愛いと思う自分は、これで正しいのかどうか迷っただけだ」
　笑いを堪え切れずに、春名は言った。
　本当に、変わったところにツボがあって、和んでしまう。
「やっぱり、馬鹿にしてるじゃないですかっ」
「『可愛い』じゃなく、『カッコいい』の方が男らしくて良かったのか？」
「あ、それって、洗剤で歓ぶなんて、男らしくないってことですよね？」
　――少なくとも自分は歓ばない。と、春名は思ったが、せっかく脂っこい食事から抜け出せたというのに、また逆戻りしてしまう訳にはいかない。
「い、いや、仁くんらしい、ってことだよ……。ハハハ」
　慌てて取り繕った乾いた笑いにも、返って来たのは冷たい視線だけだった。
「そんなことより――」
「そんなこと？」
　また、雲行きが怪しくなる。
「いや、そういう意味じゃなく、俺には洗剤よりも、それを持って来た当人の方が気になる」
　春名はすぐさま言葉を付け足した。
「ああ、お金持ってスゴイですよねェ。荷物を一々持ち運ぶのが面倒だからって、郊外の戸建ての他に、都内にマンションも持っちゃえ、なんて」
「……」
　そっちの『気になる』ではないのだが――。まあ、仁からしてみれば、初めて話の合う人たちと知り合って、時間を忘れるほどに愉しく過ごし、自分の知っている限りの知識を振舞うことが出来たのだから、その人たちを不審に思うことなど出来ないのだろう。
　だが、由利の隣人の静谷が病んで病院に訪れ、その由利と交流のある占星術師が、今度は仁の隣に越して来た（都内で仕事がある時だけらしいが）。
　もし、それが静谷をおかしくした原因と関係しているのなら……。
　診察に来なくなってしまった静谷のことも気になるし――。今までは仕事にもちゃんと行って、由利以外との関わりは保てていたようだったから外来で診て来たが、それが駄目となると、入院治療に踏み切らなくてはならない。もちろん静谷自身は「自分は精神病患者ではない」と拒むかも知れないが……。
「隣人の占星術師が仁くんにでも似てきたら、俺だって悪魔の仕業だと信じることが出来るんだけどなぁ……」
　春名は独り、呟いた。
　もちろん、あのよく肥えた五十代のご婦人が、十代の少年に似て来るはずなど、あり得ないことなのだが……。