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Karte.11 黒魔術の可不可―悪魔
黒魔術の可不可―悪魔 12
しおりを挟むこんな経験は初めてだったかも知れない。学生時代も、この日本に来てからも、春名以外の人間と、こんなに自然に話が出来たことは一度も無かった。
春名の患者たちの身勝手な言い分に腹を立てたり、ナースたちの他愛もない話に困りながら相槌を打つ毎日とは、何もかもが違っていた。
――ここは――ここでの会話は、なんて楽しいのだろう。
誰も、仁のことを異端な目で見ない。
悪魔の話や魔女の話、歴史の中で暗黒と呼ばれる古い時代――そんな日常とはかけ離れた話を続けても、誰も仁をおかしな目で見ないのだ。それどころか、自分の知ることや考えを口にするだけで、皆が感心して頷いてくれ、また新たな見解を示してくれる。
その繰り返しと前進は、これまでに得たことのない歓びだった。
集まった人たちの中心として、仁自身がこれほどまでに打ち解けて話をする日が来るなんて……。
「さあ、そろそろダイニングに場所を変えよう」
サロン風にソファの置かれた部屋での食前酒を終え、まるで、逸る仁の気持ちを宥めるように、由利が言った。
手元のシャンパンは、遠の昔に空だった。
――こんなに懸命に喋り続けてしまうなんて。
仁は、少し恥ずかしくなって頬を染めた。
だが、
「こんなに我々の胸をときめかせてくれる若者は初めてだな」
食事の支度の整ったダイニングテーブルにつき、西條医師にそう言われると、嬉しくなってまた言葉が溢れ出すのだった。
この場所が――ここでの会話が愉しくて、皆の知識が心地良くて、今まで熱心に話すことを許されなかったあれこれが、次々とページをめくるように溢れ出した。
食事がいつ終わったのかも、夜食に食べたケーキのことも、何も覚えてはいなかった。
ただ、胸の高鳴りだけが続いていた……。
終電が無くなったので由利の家に泊めてもらう、と仁が電話をして来たのが、夜中。
そして、やっと春名と暮らすマンションに戻って来たのが、翌日、日曜日の夜のことである。
お陰で春名は、朝も昼もロクなものを食べていないし、三夜連続の揚げ物に、少々胃がモタレ気味でもあった。
少し心配もしていたが、仁の声は楽しそうに弾んでいたし、帰って来た仁はその様子を裏付けるように、由利の家での出来事を喋り始めた。
彼らがどんなに教養と知識に溢れた人物たちであるか、西洋文化の集いがどれほど奥深い有意義な時間であったか――仁の言葉は尽きることを知らなかった。
だが、グゥ……、と春名のおなかが音を立てると、
「あ、すみません、もうこんな時間なんですね。何か作ります」
と、やっとキッチンへと腰を上げた。
「ああ、軽いものでいいよ」
春名はすぐさま付け足した(お腹の音に)。
三日間も油漬けにされていたのだから。
「解ってます」
今日は、仁の返事も上機嫌だ。
余程、西洋文化の集いが楽しかったのだろう。由利の家に行った、本来の目的も忘れてしまうほどに……。
心配するようなことはなかったようだが(少なくとも生贄にされた様子はないし)、それでも何故だか不安だった。
嫉妬――だろうか。
仁がここ以外に、居心地のいい場所を見つけて来るなど……。
鳥籠を開けてやりながら、その鳥が戻って来なくなる日が怖いのだから。
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