可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

Karte.１１ 黒魔術の可不可―悪魔

黒魔術の可不可―悪魔 ９

　小学校低学年くらいの、小さな男の子だった。泥遊びでもしていたのか、手にはスコップを持っている。
「頭いいんだよ、あのカラス」
　と、鴉が消えた方向を見て、得意げに言う。
「みたいだね」
　動物というのは、襲いやすい人間を品定めするのだ。
「君もやられたことがあるのかい？」
　仁が訊くと、男の子は首を振り、
「食べ物を持って歩いちゃダメだって、先生に言われてるもの」
　動物は意味なく人を襲うことはしない。襲われる原因を作らなければ、被害に遭うこともないのだ。
「そうか。ぼくもこれから気を付けるよ」
　他の袋に入れるとか、食べ物と解らないようにすることが重要である。
「――で、あのカラス、何か喋ってたよね？」
　仁は、襲われる前に訊いた、鴉の言葉を問いかけた。
　すると、
「悪魔を呼びだす呪文だよ」
「え？」
「カラスは悪魔の『けしん』なんだよ」
　当たり前のことを言うように、男の子は言った。
　――悪魔を呼び出す呪文……。
　もちろん、鴉が本当にそんな呪文を唱える訳はないが、さっきの意味不明な言葉は、そんな言葉こそうなずけるものだったのだ。
「それは、絵本の話か何か？」
　仁が訊くと、
「ちがうよ。『いけにえ』とひきかえに、ここで悪魔が呼びだされてるんだ」
「生贄？」
「『かとう』な悪魔を呼びだすときはカエルやネズミでいいんだけど、力の強い悪魔を呼びだすときは、ニワトリとかネコとか……人間だって『いけにえ』にするんだ」
「……」
　何といっていいのか――。こんな子供まで、大人たちの妄想の影響を受けているとは――。いや、子供だからこそ、疑いもなく信じてしまうのかも知れない。
「君は静谷さんのところの……」
「灯吾とうご」
「灯吾くんか」
　――やはり、親の影響なのだろうか。
「いろんな動物がうまってるんだよ。ぼくが見つけたんだ」
　得意そうにスコップを見せて、灯吾が言った。そして、それは――。その意味するところは……。今までの妄想めいた話だけのことではなく、誰の目にも見える『悪魔崇拝』の証拠とも呼べるものかも知れない。もし、その動物たちに人的に危害を加えられた痕があるのなら――。
「それは何処に――」
　仁が訊こうとした時、
「灯吾！　もう家に入りなさい！」
　と、家の中から母親――静谷夕子の呼ぶ声が聞こえた。
　当然、灯吾も、
「はぁいっ！」
　と返事をして、仁のことなど忘れたように駆け出してしまう。
「あ――」
　もちろん、呼び止めることはできない。そうしたいのは山々だが。
　少しの間、立ち去ることも出来ずに立ち尽くしていたが、仁が灯吾のようにスコップを持って、あちこち掘りまくる訳にもいかないので――。それが赤の他人の敷地となれば、尚更。
　――仕方がない。
　今日は帰るしかなさそうだった。スコップも持っていないし、墓荒らしをするには明る過ぎる。
　明日の西洋文化の集まりの時に、何か訊けるだろうか。
　仁が今回の生贄でなければいいのだが……。