可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.11 黒魔術の可不可―悪魔

黒魔術の可不可―悪魔 6

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 その男は、確かに静谷に似ているようでもあった。
 もちろん、元々の由利望の風貌を知らないのだから、静谷が言うように急に似て来たのかどうかまでは解らないが、二人ともそれほど特徴的な顔立ちでもなく、着ている物も似たようなスーツ。――いや、男物のスーツなど、女性の洋服に比べたら、遥かにバリエーションも乏しくて、色も形も似たり寄ったり……一部の職業の方が着るようなものを除いて、大抵があり触れたスタイルである。無地、ストライプ、チェック……柄など数えるほどしかない。
 そんな中、二人の着ているスーツが似ていたところで、故意に似させた、とは言えないだろう。
 そして、平日の今日、似たようなスーツを着た人々は、他にも数人、バス停にいた。
 バスは、この新興住宅街から駅に向かうもので、都心に向かう九時始まりの勤め人は、大抵、このバスか、次のバスに乗ることになる。
 列の前の方に由利望が並び、後方に静谷が並んでいる。
 仁は、由利の後ろに並んでいた。――いや、並んでいる、と言っても、歩道に沿って横一列になっているため、実際には後ろと言うより、隣りと言った方がいいかもしれない。
 静谷から聞いていた香の匂いの先入観を別にしても、確かに何かの匂いがする。アロマテラピーに詳しい人間なら判るのかも知れないが、生憎、仁はそういうことに無関心で――。だいたい、家では春名が煙草を吸うのだから、芳香剤系のものよりも、消臭効果のあるものの方が重要なのだ。
 そろそろ春名にも、体のために煙草をやめてもらわないと……。
 そんなことを考えていると
「『Malleus Maleficarum』? ――魔女の鉄槌だね」
 仁が手に持つ本を目に留めたのか、由利望の方から声をかけて来た。何となく嬉しそうな表情である。
「ええ、ご存知なんですか?」
「西洋文化の授業で少し触れたくらいかな。読んでみたいとは思っていたが、手に入るようなものでもなかったし」
「ラテン語の原版は無理でも、今は英語版がたくさん出ていますよ」
「そうみたいだね」
 君のような高校生が持っているのだから――、と言いたいのだろうか。
 それとも、自分も持っているから知っているよ、と言ってしまいたいのかも知れない。
 仁が持っているのは、一六六九年版を模した表紙のものである。当然、仁自身も、十五世紀にドミニコ会士の異端審問官が書いたとされるラテン語の論文は見たこともない。
「君は高校生? このバスでは見かけたことがないけど……」
「シカゴ大生です」
「シカゴ? アメリカの?」
 ――他にどこにあるんだ?
 この辺りの学校にしておいた方がよかっただろうか。――とはいえ仁も、日本の学校に詳しい訳ではないし、嘘をついてボロが出てしまっても困る。それなら、正直に母校を口にした方が無理がない。
「ええ。こっちに知り合いがいて――。向こうでは高校生どころか、中学生に間違われますけど」
 仁が言うと、由利は付き合い程度にハハハと笑い、
「ああ、バスが来た」
 と、ほぼ遅れることのないバスの到着を口にした。
 少し離れたところから、静谷の視線を感じたが、振り向くことはしなかった。どうせ、同じバスに乗るのだから。
 バスの中は、エンジン音のせいもあって、停留所で話をしている時と違って、周囲に丸聞こえ、というようなことはなかった。
 だから、だろうか――。
「実は、週末、西洋文化に興味のある仲間が集まるんだが、君も良かったらどうだい?」
 と、由利が耳元に口を寄せて、そう言った。
「いいんですか?」
 断る理由など、どこにもない。――いや、春名に言わせれば、理由などいくらでも出て来たかも知れないが。
「ああ。皆、熱心だから、色々な話が聞けるだろう……」
 バスは駅へと向かっていた……。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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