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Karte.11 黒魔術の可不可―悪魔

黒魔術の可不可―悪魔 3

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 そこは、郊外に建ち並ぶ新興住宅街――。
 まだ街並みも新しく、眩しい壁は、ホワイト、クリーム、アイボリー……優しい色が基調となり、まるで異国の街を見るように、古き日本の町並みとは無縁だった。
 近くには田園風景も残っていて、誰もがこんなところで家族仲良く暮らしたい――そう思えるような明るさと、清潔感に満ちている。
 白鷺が、田んぼの中で餌を探している様さえ見ることが出来る。
「あいつはもう行ったか?」
 窓の外を見るのも悍ましそうに、静谷章吾が訊いた。
 あいつ――とはもちろん、隣に越して来た由利望ゆりのぞむである。――いや、越して来た、と言っても、もう数カ月経っているのだが。
 独り身なのに、こんな郊外に一戸建てを購入して――。その理由を訊いてみると、彼女と結婚するつもりで買ったのだが、その後、喧嘩別れしてしまった、ということだった。
 静谷より少し年下で、三十を過ぎたくらいである。
「どうせ同じバスに乗るんだから――」
 そう言いかける妻の夕子に、
「行ったのか、と訊いたんだ!」
 静谷は口調を荒げて怒鳴りつけた。――が、さすがに悪いと思ったのか、
「あいつに後ろを歩かれるのは嫌なんだ……。じっと見られているようで」
 と、言い訳をする。
 隣人のことが、もう何から何まで気味が悪くて仕方がないのに違いない。
「……。今、出たみたいよ」
 夕子は窓を覗いて、静かに言った。少し冷ややかな声になってしまったかも知れない。
「行って来る」
「いってらっしゃい」
 そんなやり取りさえ機械的で……。
 子供は今、七歳で、近くの小学校に通っているので、この時間はまだ眠っている。
 何しろ、この郊外の住宅から、都心の職場に通うために、静谷は六時三〇分のバスに乗らなくてはならないのだ。
 ぎゅうぎゅう詰めに混んでいてもかまわないのなら、もう少し後のバスに乗ることも出来るが、もちろん電車もぎゅうぎゅう詰めで、都心の駅に着く頃にはすっかり疲れ果てている。――いや、まだそんなことで疲れたりする年ではないのだが、やはり毎日それが続くと、少しくらい早起きした方がマシだ、と思えてしまうのだ。
 そんな訳で、この日も息子の顔を見ることもなく、静谷は家を出たのだが……。




 隣家から――由利望が歩いた後に、少し変わった香の匂いが残っている。最近流行りのアロマだか何だかの精油の臭いである。
 静谷はその匂いを嗅いで、顔を顰めた。
 妻の夕子は、気になるような匂いではない、と言うが、男の独り暮らしでアロマテラピーなど、どう考えても奇妙過ぎる。
 精油を使って病気を治療する考えは、ヨーロッパでは古くから用いられてきたものだが、果たしてそんなモノで精神疾患や神経症症状が緩和されるものや否や。
 第一、由利望の話では、彼女に振られて結婚話が消え、愚痴を零した薬局ドラッグストアですすめられた治療だというが、あいつの病気はそんな類のモノではない。もっと別の……。
 そう。この香だって、何かの怪しい儀式のためのものかも知れない。
 近所のドラッグストアで、白衣を着てこれみよがしに知ったかぶりをして見せているあの女は、《女夢魔リリス》の仮の姿に違いないし、利用できそうな男をたぶらかして、奇妙な匂いを放つ精油を売りつけているに決まっている。何かの儀式のために。
 一旦そう思い始めると、もうそれ以外には考えられなかった。
 他にも色々と思い当たることはある。
 この新興住宅街の一角で開業した西條内科クリニックの医院長、西條稔彦さいじょうとしひこは、街の人の病気や寿命を知るために、由利が召還した《君主サタン》ではないかと思えるし、高台の、ひときわ立派な邸宅に住んでいる有名占星術師の斉藤鶴江さいとうつるえは、《頭首ベルゼブス》の仮の姿だと思えてならない。
 何故、と言われれば、こう応えるしかないが、静谷には、彼らの正体が視えるのだ。そしてそれは、静谷にしか視えないのだった。
 ――奴らの狙いを突き止めなくては……。
 バス停はもう、すぐそこだった。


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