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Karte.11 黒魔術の可不可―悪魔
黒魔術の可不可―悪魔 2
しおりを挟む「――で、奥さんの話は何も聞けなかったんですか?」
例によって、今日の症例の整理をしながら、春名にコーヒーを出して、仁が言った。
まだ十七、八歳の少年だが、大人以上に優秀な秘書であり、小姑のように色々と春名の世話を焼いてくれる。仕事の上だけではなく、プライベートでも、なくてはならない存在なのだ。
顔を上げると、そんな仁の、瞳にかかるサラサラとした髪と、あどけなさを留める顔立ちが垣間見えた。
「仕方がないだろ。本人を黙らせるだけで大変だったんだから」
天を仰いで、春名は言った。
とにかく、患者当人は自分が病気なのではなく、隣人がおかしいと思い込んでいて、自分の話が破綻していることにも気付いていない。第一、隣に住んでいるだけで、行動パターンだけでなく、顔や姿まで似て来るなど……。
「――どう思う、仁くん?」
「ホラー映画みたいですね」
――ほら、十代の少年だって、真に受けない。
口裂け女や、他の都市伝説の方が、まだありそうで、興味が持てる。
「だけど、真剣なんだよなァ……」
無論、妄想を訴える患者は皆、真剣で、静谷章吾だけが特別、と言う訳ではないのだが……。
「既存パターン以外の症例に遭うと興味津々になるのは、医者の悪いクセですよ」
仁にまで釘を刺される始末。
「医者が好奇心旺盛でなかったら、病気を見逃すだろ」
「病気の原因究明って、好奇心でするんですか?」
「それは……学者としてだな……」
一つ言い訳をすると、次から次にそれを正当化する言葉を見つけなくてはならなくなる。
「解ったよ。もうミステリーの結末を訊くような真似はしない。次の診察を待つことにしよう」
降参、と言うように、春名は言った。
何しろこの小姑――いや、秘書は、春名の仕事だけでなく、家事の一切を担っているのだ。夕食が無くなるような事態だけは、避けたい。
「先生は、本当にそんなことがある、と思ってるんですか?」
あっさり引かれると、もっと議論をしたくなるのか、仁が言った。
いや、もっと単純な理由――春名と話をしていたかったから、なのかも知れない。小さい頃から、肉親とは縁の薄い少年だったのだから。
だが、母親に捨てられた、と思っていた頃に比べて、捨てられた訳ではなかった、と判った今は、心のわだかまりも小さくなっている。親に愛されない子供ほど、憐れなものはないのだから。
「あるとしたら、どんな時だろう、とは考えている」
春名は言った。
もし、静谷章吾の言う通り、本当に隣人が静谷に似て来たのなら、それは、精神的な問題ではなく、昨今の医療技術の賜物のせいかも知れない。
「整形、とかですか?」
仁の言葉は、誰もがまず一番に考えることだっただろう。
「ああ。――だとしたら、隣人の目的は何なんだろう?」
「本物の静谷さんとなり代わるため――?」
「だが、そんなこと、実際には無理だよなぁ」
現実はそれほど甘くは無い。
「そりゃそうですよ。たとえ奥さんとデキていて、二人だけの生活を目論んでいるのだとしても、仕事に行けば解らないことだらけでボロが出るし、親兄弟に会っても何一つ対応が出来ないんですから」
「生活していけなくなるのに、なり代わる必要はないよな」
「離婚して、再婚する方が簡単ですよ」
「そうなんだよなぁ……」
どう考えても、あれは静谷の妄想である。
「何がそんなに気にかかるんですか?」
小首を傾げて、仁が訊いた。
「うーん、奥さんの冷たい目かな……」
「そんなの、珍しいことじゃないですよ」
鶴の一声ならぬ、仁の一声。
「……」
――バッサリと斬ってくれるなァ……。
だが、本当に珍しいことではない。夫に愛想を尽かす妻の冷めた眼差しなど……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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