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Karte.11 黒魔術の可不可―悪魔
黒魔術の可不可―悪魔 1
しおりを挟むその患者が言うには――、
「どんどん、どんどん似て来るんです……。本当に、どんどん、どんどん! おかしいでしょう、こんなことって? あいつは、僕の全てを奪うつもりで、僕に近づいて来たに違いないんです!」
彼は、静谷章吾という、大手企業に勤める働き盛りのビジネスマンで、今日は妻に連れられて、春名の勤めるこの病院に来たのだった。
妄想――というものには色々あるが、本来、自分には関係のない出来事を、関係あるかのように結びつけたり、後を付けられているとか、食べ物に毒を入れられただとか、何かを盗まれただとか……所謂、自分が被害を受けた、という妄想が多い。
もちろん、自分が大変な病気であるとか、犯罪者であるとか、世界が滅びてしまっただとか、自分を否定するものも多いし、全く逆に、自分はある特定の人に愛されているとか、妊娠したとか、本当は高貴な身分の生まれだとか、神の生まれ変わりだとかいう、誇大妄想の場合もある。
なら、彼、静谷章吾の場合はどうなのだろうか。
「似て来るというのは、行動パターンか何かですか?」
大抵、郊外の一戸建てに住んでいる人々は、都心に仕事に出るために、同じ時間帯に起き、同じバスや電車に乗って、同じような生活習慣を持っていることが多い。
「全てです! 全て僕の真似をして、僕と同じものを身につけて、僕になり代わろうと狙っているんです!」
付き合いの長い知人を、よく似ているが全くの別人だと言ったり、周囲の人間全てが、変装をした敵だと言う患者はいるが……。
これは、敢えて言うなら、フレゴリの錯覚――全く別の人間を、自分の既知の人物と混同する症状、フレゴリ症候群のようなものなのだろうか。
静谷章吾の話では、男は何の特徴もない、何処にでもいるような――もっと言えば、一度見たくらいでは何の印象にも残らない、ごくごく普通の人物だったらしい。それが、隣に引っ越してきてから数カ月、奇妙なことに、どんどん自分に似て来るのだと言う。
「そう思うようになったのは、いつからですか?」
「思うのではなく、実際にそうなんです!」
「……」
どうやら、春名に信じてもらえていない、と思ったようである。
春名は、自他共に優秀であると認める精神科医であり精神分析学者で、USAで暮らしていたのだが、今はこうして日本へ戻り、開業する訳でもなく、精神病患者を専門に扱う精神病院に勤めるわけでもなく、総合病院の一棟で雇われ医者として患者を診ている。もちろん、個人の研究も続けさせてもらい、多少の厚遇も受けているのだが、春名の実績からすれば、もったいない、としか言えないポジションだっただろう。
「すみません」
春名は謝り、
「似て来た、というのは、奥様から見ても、ですか?」
と、隣の椅子に腰かける、少し童顔の女性に訊いた。
「はい、それが――」
妻である静谷夕子が言いかけた時、
「それだけじゃないんです! 自宅には嫌がらせまであって、この間は玄関先にオタマジャクシが三匹投げ込まれていて――。おかしいでしょ? 完全におかしい人間のすることでしょ? 常識を持っている人間なら、こんなことなんかしないですよね?」
夫の静谷章吾がそれを遮り、お構いなしで自分の言い分をぶちまける。
どうやら、自分が精神病になってここへ来た、と言うのではなく、隣の住人を精神病者だと認めてもらいたくて来たらしい。
「お話だけでは何とも……」
「おたまじゃくしですよ? いい年をした大人がわざわざ田んぼかどこかで捕まえて来て、他人の家に撒いたんですよ。正常な人間のすることじゃないんです!」
静谷章吾の声はだんだん高くなって行き、隣人への不満と、自分の身の回りで起こっていることへの一方的な関連付け、そして、思い込みと憶測の域を出ない話のままに、診療時間が終わってしまった。
もちろん、春名としては他のことも聞きたかったし、妻である夕子の話も聞きたかったのだが、後の患者を長時間待たせておくわけにもいかないので、仕方なく今日は話を切ったのだ。
他の科なら、時間は大した問題ではないのかも知れないが、精神科では、待てない患者を含め、一人に特別長い時間をかけることは出来ない。他の患者への影響はもちろん、当該患者への特別意識を与えることにも繋がってしまう。
もちろん、いつもそんな杓子定規的な診療にこだわっている訳ではないのだが……。
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