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Karte.10 天才児の可不可―孤独
天才児の可不可―孤独 25
しおりを挟む「君のお母さんは、あの日――君の前から消えた日に、暴漢に襲われたらしい。その時に頭を何かで殴られたんだろう。頭蓋骨に陥没の痕が見られた、という話だ」
「暴漢……」
記憶喪失になったのだろうか。だから、帰る家が判らなくなって、今まで何処かの病院や施設に入っていて――。いや、それなら警察に連絡がいくはずで、捜索願を出していた仁の元にも、母親らしき人物がいる、とすぐに連絡が来たはずである。
「仁くん、法医学の先生の話では、君のお母さんが亡くなったのは、十年ほど前――行方不明になった頃らしい」
――法医学……。
まさかの思いで一杯だった。
「亡くなった……って、死んだ、っていうことですか?」
考えてもいない言葉だった。
行方不明でも、どんな生活をしていようと、生きてどこかにいると信じていたのだから。
だから、クリスマスにはカードが届くのを待っていたし、いつか連絡が来ると思っていた。
それが……。
「林の中で、キャンプ中に放された犬が見つけたらしい。死後随分経っていて、草叢から出て来たのは、すでに白骨化した遺体だった。バッグの中には財布がなく、頭蓋骨の陥没と、着衣に損傷があったために、頭を殴られた後、暴漢に林の中に連れ込まれ、そのまま放置されたんだろう、ということだった」
「……」
言葉は何も出て来なかった。
「君は、お母さんに捨てられた訳じゃなかったんだ。お母さんはいつものように夕飯の買い物に出て、不運にも暴漢に遭ってしまった。そして、心ない犯人に、病院ではなく林の中に運ばれた。――きっと、お母さんは最後まで君のことを気にかけていただろう。早く家に帰って、夕飯を食べさせてあげなくては、と……」
春名の腕が、肩に回った。
抱き寄せられ、それだけで胸が詰まるようだった。
仁の気持ちを察するように、指先に込められた春名の力は、母親の気持ちを伝えるのに充分で、かつ余りあるものだった。
「憎む必要なんかなかった人だったんだよ。君のお母さんは、あの日もいつもの通り、君の帰りを待っていたんだから。だから――ちょっと買い物に行くだけのつもりだったから、置手紙も何もなかった」
「先生……」
解ってしまえば、こんなに簡単なことだったのに、一人の人間の強欲のために、長い間隠されて来て――。
息子に憎まれ、それに対して言い訳もできなかった母親の気持ちは、きっと、仁のこれまでの気持ち以上に、辛くて悔しいものだったに違いない。
息子の元に帰ってやれない辛さ。
本当のことを伝えてやれない悔しさ。
幼い子供を残して逝くことに、一体、どれほどの痛みと不安を抱えて、死を迎えたのだろうか。
普通ではない子供を――皆に解け込むことが出来ない子供を、自分以外の誰が面倒を見てくれるのかと、心配で心配でたまらなかっただろうに。
「会いに行くだろう、シカゴへ?」
その春名の言葉に、仁はコクリとうなずいた。
今まで解けることのなかった冷たい氷が、一気に解けて崩れて行くのが判った。
「夕飯なんか、なんでもよかったのに……」
涙は、やけに、暖かかった……。
捨てられた、という哀しい誤解と。
その誤解を解けない、悔しい思い。
『――どうしたんだ、仁くん?』
『……』
『黙っていては解らないだろう? 君らしくもない』
『……さんが……ない』
『――ん?』
『家に……かーさんがいない……』
『いない?』
『昨日から、いない……』
『……。そうか。じゃあ、お母さんが戻って来るまで、ぼくのコンドミニアムに来ればいい』
『……ドクターの?』
『ああ』
『……かーさんが戻って来なかったら?』
『戻って来るさ』
――戻って来るさ。
春名の言葉は、正しかった。
――おかーさんは、すぐに戻って来るつもりだったんだから……。
完
※次回『Karte.11 黒魔術の可不可―悪魔』を掲載します。
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