可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.10 天才児の可不可―孤独

天才児の可不可―孤独 14

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「あ、いけない!」
 うっかり、机の上の暁春のカバンを落としてしまい、ロージーは少し大仰に声を上げた。
 皆が――と言っても十人ほどだが、その声と、カバンが落ちる音を聞いて、振り返る。
 無論、ロージーはわざとカバンを落としたのだが、ついでに、キャットフードの入った袋も床にばら撒き、
「何かしら、これ? 猫のエサ……?」
 と、首を傾げた。
 すると、皆も興味深げに集まって来て、
「あいつ、猫にエサやってたのか?」
「そんな奴に見えなかったけどなぁ」
「わかんないぜ。暗い奴だし、猫しか話相手がいなかったんじゃないか」
「言えてるーっ!」
「でも――」
 一人が声を落として、こう言った。
「死んだ猫がいたよな? もしかして、エサでおびき出して、殺したんじゃ……」
「まさか、そこまでは……」
「確かに暗い奴だけど、そんなことは……」
 もうこれで充分だった。
『暁春』と『エサ』と『猫の死骸』が結びつけば、暁春の自殺の原因の理由になる。
 残念なのは、紐を樹の枝にかけて暁春の体を持ち上げるのが上手くいかなかったこと。
 だが、それは枝を折り、暁春の体の重みで地面に落ちたように見せかけることで解決した。
 今、暁春はあの場所で、折れた枝と紐で結ばれて、地面に横たわっているはずなのだから。
「そういえば、あいつ、何処に行ったんだ? さっきの時間からいなかったよな?」
「今日は精神科医が来る日じゃないのか? 情緒不安定とか言われて、ずっと治療を受けてただろ」
「やっぱり、イカれた奴だったからなぁ。だから、憂さ晴らしに猫を……」
 その後の言葉は明確にはされなかったが、聞いていた誰もが同じ言葉を当て嵌めていた。
 彼らにとっては、誰か一人、格好の憂さ晴らしの的がいれば、それでよかったのだ……。




「あ、ドクター・春名!」
 ほくそ笑みながらクラスを出て、ロージーは廊下の先から歩いて来る青年精神科医を見上げて、声をかけた。顔はもちろん、子供らしい笑顔である。
「えーと、君は……」
「ロージー」
「ああ、そうだ。仁くんと――カイルと同じクラスにいたね」
 長身を折り曲げ、東洋の秀麗な面貌を近づけて、ドクター・春名が言った。
 はっきり言って、日本人をこんなにカッコいいと思ったのは、初めてだった。
「カイルならいないわよ」
 少し頬を染めて、ロージーは先回りした言葉を告げた。
「そうか。逃げられたかな。嫌われている気はしてたけど……」
 口をへの字に曲げても、ハンサムだ。
「さっきね、カイルのカバンが机から落ちて、猫のエサが出て来たの」
「猫のエサ?」
「そう。だから、猫を捕まえに行ってるのかも、って、みんなが……」
 ロージーが言ったのではなく、それは確かにクラスのみんなが言ったのだ。
「そうか。――少し話を聞かせてくれるかい?」
 その優しそうな眼差しは、紛れもなくロージー一人に向けられている。――そう。いつだってロージーは、誰もに注目されて育って来た。今も、毎日のように、諸機関の人間がロージーの能力を見に来ている。ドクター・春名も、ロージーに興味を持たないはずがないのだから。
「わたしね、人の考えていることがわかるのよ」
 まだ何も訊かれてはいなかったが、どうせ訊かれることなのだから、ロージーは自分の能力について、話し始めた。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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