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Karte.10 天才児の可不可―孤独
天才児の可不可―孤独 13
しおりを挟む今日は、ドクター・春名という、あの精神科医が診療に来る日――。
暁春は、気がかりなことがありながらも、若き日本人医師を馬鹿に出来る刹那が来るのを待ちわびていた。
そんな時――、
「さっきねぇ、誰かが校舎の裏手に行くのが見えたから、私もこっそり行ってみたの」
また、今日も暁春の興味を引きたいのか、ロージーが思わせぶりに話しかけて来る。
「何してたと思う?」
「ドラッグか煙草だろ」
暁春は面倒くささを隠しもせずに、そう言った。
多分、彼女の言い方だと、誰かが誰かに告白していただとか、キスしていただとか、女の子の妄想が広がるような答えを望んでいたのだろうが――少なくとも暁春はそう思っていたのだが、
「違うわよ。ドライフードが置いてあったの。誰かが猫に餌付けでもしてるのね」
ロージーは言った。
そしてそれは、暁春の興味を引かずにはいられない言葉だった。
「いつのこと?」
暁春は訊いた。
「さっきよ。数学が終わって、トイレに行った帰り――」
ガタン――、と乱暴に椅子を引き、暁春は教室を飛び出した。
「ちょっと! いつもすぐ逃げる!」
そんなロージーの言葉は無視して、校舎の裏へと駆け走る。
――やはり、誰かが猫を捕まえ、痛めつけて殺しているのだ。
今なら何か手掛かりが残っているかも知れないし、そこで待っていれば、犯人が姿を見せるかも知れない。
中庭に出て、暁春は校舎の裏手へと回り込んだ。
今は人の姿はない。
塀と校舎の間には、数本の木立があるだけで、人が隠れている様子もなかった。
ロージーの言った通り、地面には、キャットフードらしきものが置かれている。不自然な粉がかかっている訳でもなく、何かが沁み込ませてあるようにも見えない。
毒の類を混ぜ込むなら、缶詰の方が便利だろう。
だが、缶詰は空き缶の処理が面倒だし、ドライフードなら、餌を入れて来た袋を捨てるだけで簡単に済む。
暁春は、地面に撒かれているキャットフードの一つを手に取り、鼻に近付けて匂いをかいだ。
もともと匂いが強いために、殺鼠剤や農薬がかけられていても解らないかも知れない。そんなことを考えていると、不意に背後に誰かが立つ気配がした。振り返ろうとしたが、首に細い紐がかけられて、そんな暇もなく強い力で締め付けられた。
「ぐ――っ!」
指をかけたが、紐と首の間に滑り込ませることは出来ず、グイグイと喉に食い込んでいく。
痛みと苦しさで、瞬く間に死の恐怖が襲って来た。
――まさか、自分と歳の変わらない小学生が、こんなことまでするなんて……。
いや、彼らもまた、暁春と同じく高いIQを持つ者なのだ。計画を立て、実行することが出来ても、おかしくはない。
ついこの間までエレメンタリー・スクールに通っていたために、ここにいる生徒たちのことも、そのエレメンタリー・スクールの生徒たちと同じような目線でしか見ていなかったが、それがそもそも間違っていた。
誰も、自分と同じような考えを持ちはしない、という認識は――。
彼らもまた、年相応の幼い子供ではあり得ないのだから。
ロージーのような、勘違い気味の子供っぽい思考の持ち主でも、平然とこんなことをやってのけるのだから。
数年後、男女の力の差が出る頃なら、抵抗することも出来たかも知れないが、今の暁春には、同じ年頃の女の子の力に抗うことも出来なかった。
容赦なく締め付けられて行く苦しみに、次第に、そして早急に意識が遠のいて行く。
――ロージーは、なぜ……?
いや、解っている。
彼女には、暁春の心が読めたのだ。暁春が猫を殺している犯人を捜そうとしていることに気付いたから、こうして罠を仕掛けて、誘い込んだ。
今度は猫ではなく、暁春をその手で殺すために……。
自分が猫を殺していたことを、隠すために……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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