可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

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Karte.10 天才児の可不可―孤独

天才児の可不可―孤独 8

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「――で、また猫がさぁ……」
 昼休み、そんな話声が聞こえて来て、暁春は視線こそ向けはしなかったが、背中で話を聞いていた。
 最近、やけに猫の話題に触れることが多い。
 母親と一緒に死んだ猫を見かけてから、ケヴィンの手の甲についた猫の引っかき傷、そして、ロージーが心を読んだという一件、さらに、今回は……。
「あれって、車に撥ねられたとかじゃないよなぁ。校内だもんな」
 この学校の敷地内で――。
「吐いてたから、何か変なもの食ったんじゃないのか?」
「猫は勝手に出歩くからなぁ。外で何しててもわかんないよなぁ」
 ――殺されたのだ。
 あの日に見た猫と同様に、今回もまた殺された。――多分、同じ人間に。
 誰かが猫を捕まえて、殺している。
 ――ケヴィンだろうか。
 あの日に視えた、彼の手に付いた、血……。
 そんなことを考えていると、
「カイル・レン――」
 休み時間だというのに、教室に入って来た一人の教師に呼ばれ、
「今、警察から、お母さんが事故に遭われたと連絡があった。すぐ病院に行く用意をしなさい」
 ショック、というよりも、たとえ悪いことが起こるような予感がしていても、それが何であるのか判らなければ止めようがない、という落胆と、母親にさえ信じてもらえなかった、という胸の痛みだけが突き刺さった。
 もし朝、出掛ける前に、母親が暁春の言葉を真摯に受け止めてくれさえしていたら――それが悔しくもあり、また、どうにもならない無力感にさいなまれた。
「……はい」
 珍しく、声に出して返事までしてしまった。
 病院までは学校のカウンセラーの車で送ってもらい、当然、車の中であれこれと話しかけられたが、今度は完全に無視をした。
 そして、病院では――。
 額に白いガーゼを当て、医師と話をしている母親の姿があった。
 幸いにも脳や骨に異常はなく、撥ねられて転んだ時に、路上に止められた他の車に頭をぶつけて、額を切ってしまったらしい。
 頭部は、浅い傷でも出血が多い。服は血塗れで酷いありさまだったが、見た目ほど深い傷ではない、と言うことだった。
 ただ、母親と医者に事情を訊きに来た警官の話では、人通りの少ない場所で、撥ねられた母親もしばらく気を失っていたことから、ひき逃げをした車のことも、犯人のことも、何一つ解らないのが現状だった。
 そんな中、母親は、暁春の姿を見て、朝の『気味の悪い言葉』のことを思い出したのか、少し強ばった顔をし――それでも、
「大丈夫よ。大したことはないの。仕事のお使いの途中だったのに、早く戻らないと……」
 と、いつもの生活の心配をし始めた。
 まるで、朝の暁春の言葉から、目を逸らすように……。
 だが、そんなことはどうでも良かった。
 ――母親が無事だった。
 そのことに何よりも安堵していた。
 病院へ来て、母親の姿を見るまでは、自分の朝の言葉のことしか甦って来なかったのに、大した怪我もなく、いつもの生活に戻ろうとしている母親の姿を見ると、自分がとてつもなく大きな不安を抱えてここへ来たのだ、ということに気付いたのだ。
 ――おかあさんが死んだらどうしよう。
 ――一人になったら、どうすればいいのだろうか。
 そんな、自分自身の心配をする、普通の子供と同じような感情が、暁春自身の中にも同様に溢れていることに気が付いた。
 ――かーさんが元気でいてくれるなら、もう『気味が悪い』ことは絶対に言わない……。


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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
感想 11

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