213 / 350
Karte.10 天才児の可不可―孤独
天才児の可不可―孤独 4
しおりを挟むクラスの授業は、今まで通っていたエレメンタリー・スクールに比べると、段違いに難しいものになったが、それは暁春にとって興味深いことであり、つまずくようなことではなかった。
強いて言えば、この学校も別に大したことはないじゃないか、と、がっかりしていた。
色々な性格、家庭環境の子供がいることは、以前の学校と同じだったが、クラスの人数はずっと少なく、この10th grade能力クラスなどは、暁春を入れても十三人。十人以上でないと新しいクラスは検討されないようだが、当分その必要はないだろう。
後は、数人の大人が横に並んで身だしなみを整えることが出来るような大きさの鏡が、前面の壁にはめ込まれていた。
「あれはね、ただの鏡じゃなくて、マジックミラーなのよ」
隣の席に座る、同じ年くらいの女の子が言った。
だから、あんなに不自然な場所に嵌め込まれているのだ。
「このクラスからFBIとかCIAに引き抜かれた子もいるんですって」
――なら、今頃後悔しているに違いない。引き抜いた側も、引き抜かれた側も。
「実はわたしのことも時々見に来ているらしいの」
「……」
「わたしもね、PSIなの。人の考えていることがわかるの」
「……」
――嘘ばっかり。
なら、今、暁春が迷惑がっていることだって、解りそうなものだ。
「ただね、その能力は――」
「ぼくは『普通』だから――、君と同じ人間と話せよ」
暁春は面倒くささを隠さずに、そのまま席を立って、廊下に出た。
なぜ、あんなにうっとうしく、次から次に言葉を並べたてることが出来るのか、解らない。自分が興味があることは他人も興味がある、とでも思っているのだろうか。
人と関わることが厭で、子供っぽいエレメンタリー・スクールのクラスメイトたちから、やっと逃れることが出来た、と安堵していたというのに。
ここでもやはり、いるのは少し頭が良いだけの子供ばかりで、誰もが自分のことばかりを話したがる。そんなにぺちゃくちゃ喋りたいのなら、オウムでも飼えばいいのだ。
もちろん、そうして他人を酷評するだけでなく、そういう考えに至る自分の性格も歪んでいる、と感じてはいるのだが……。
だから、トラブルが面倒だから、黙る――そんなクセが付いてしまっていた。
「あ、編入生の――」
――また。
廊下で声をかけられそうになり、暁春は聞こえていないフリをして、踵を返した。
だが――、
「さっき、ロージーと話してただろう?」
と、肩を掴まれ、暁春は刹那、ハッとした。
「あいつ、相手にしない方がいいぞ。嘘つきで、見栄っ張りなんだから」
――そんなこと解っている。
他人の心が読める訳でなくとも、その程度のことは、短い会話の中でも読み取れたのだから。
だが、暁春がハッとしたのは、そんなことのためではなかった。
「……猫の引っ掻き傷?」
声をかけて来た少し年上の少年――その手の甲を見て、暁春は、いくつもの小さな引っ掻き傷があることに釘付けになった。
「ん? ああ、これか。うちのソロモンのだよ。気に入らないと、すぐギャーギャー言うんだ。ホント、女みたい」
まるで、女性の機嫌を取るのに疲れた男のように、その少年は肩を竦めた。
「ソロモン? 猫?」
「そうだよ。――嫌い? アレルギーでもある?」
「別に……。君の方が猫ギライなんだと思った」
少し身を固くして、暁春は言った。
「ぼくが? 何で?」
「……。先生が来たから、クラスに戻るよ」
他に適当な言い訳も見当たらなかったので、暁春はそう言って話を切った。廊下の先から先生が歩いて来たのは本当だったし、廊下に出てきたとはいえ、特に用がある訳ではなかったのだから。
だが、一度視てしまったモノは、頭の中から消すことが出来ない。
あの少年の手に付いた引っかき傷と、すでに洗い流されているはずの、何かの血――。それは、何度洗っても消えないインクのように、新鮮な色をして、濡れた艶を放っていた……。
0
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


フリー台詞・台本集
小夜時雨
ライト文芸
フリーの台詞や台本を置いています。ご自由にお使いください。
人称を変えたり、語尾を変えるなどOKです。
題名の横に、構成人数や男女といった表示がありますが、一人二役でも、男二人、女二人、など好きなように組み合わせてもらっても構いません。
また、許可を取らなくても構いませんが、動画にしたり、配信した場合は聴きに行ってみたいので、教えてもらえるとすごく嬉しいです!また、使用する際はリンクを貼ってください。
※二次配布や自作発言は禁止ですのでお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる