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Karte.10 天才児の可不可―孤独
天才児の可不可―孤独 3
しおりを挟むやっと、肩の荷が下りたような気分だった。
今まで一人で思い悩んで来たことが、ようやく自分の手から離れたような。
誰にも話せず、不安で不安で仕方のなかったことが、今日、その形を変えたのだ。
暁春の奇妙な言動を話しても、胡散臭そうな顔をするでもなく、熱心に話を聞いてくれ、素晴らしい才能だ、と褒め称えてくれた、ドクター・ニコルズ――。あの先生なら、頼りに出来るかもしれない。今まで――母親でさえ気づかなかった、暁春のIQの高さゆえの周囲との食い違いに気づき、救いの手を差し伸べてくれた人なのだから。
――今日は奮発して、少しいいお肉でも買って帰ろうかしら。
鼻歌まじりに、そんなことも考えていた。
八歳の暁春も、いつになく心軽げな母親の姿を見て、
「なにかいいことがあったの?」
と、不思議そうな顔で、首を傾げた。
「そうね。あなたにとってもよ、暁春」
もう、皆に仲間外れにされて、虐められることもないのだから。
「……転校のこと?」
「そうよ。天才児だけを受け入れてくれる学校なんですって。そこに行けば、もう嫌な思いをしなくても済むわ」
「かーさんがうれしいなら、ぼくもうれしいナ……」
「ん? なあに?」
小さ過ぎて聞き取れなかった言葉だったが、二人して幸せな気分だったことは間違いなかった。
これからは、全てが上手くいく……。そう信じて疑わなかった。
「よし、今日はステーキにしましょう!」
「えー……っ!」
「えー、って、イヤなの?」
「そんなのより、ピザがいい」
「そんなの、って、奮発した良いお肉のステーキよ。ピザなんて値段ばっかり高くて――」
「ピザがいい。お肉代で、ピザ!」
せっかく贅沢をしようと思ったのに――いや、ピザも滅多に頼んだりは出来ない不経済な食べ物だが、子供はこういうものの方が好きなのだろう。
「解ったわ。ピザを取りましょう」
「やった!」
――普通の子供なのに……。
こうしている時は、他の子と何一つ変わりはしないというのに、なぜ、時々、あんな奇妙なことを口走るのだろうか。
血が視える、とか。
悪いことが起こる、とか……。
シカゴ――。
デオポーン通りから西へ二筋目、南北に走るラサール・ストリートは、金融・経済の中心地である。
通りの両側にびっしりと並ぶ証券会社や銀行、オフィスはもとより、南の突当たりには、世界最大の穀物取引所であるボード・オブ・トレード・ビルがあることも、ここがシカゴのウォール街と呼ばれる一因であっただろう。
ここを中心として、ループの西側半分に、金融・取引の街が形成されている。
そんな街に構えられた、レンガ色の建物と、それを取り囲む緑の木々。
レオノール地域才能センター――。
シカゴのトップクラスのギフテッド・スクールである。
年齢で区切られたエレメンタリー・スクールではなく、能力別のクラスであるため、年もバラバラで、暁春くらいの年で編入して来る子も、中にはいる。
無論、協調性のある子ばかりではなかったが……。
「このカードが何か判るかな?」
ドクター・ニコルズの前に置かれたのは、裏返しのままの一枚のカードが映し出されたノートPCである。
昔は紙やプラスチック素材のカードを使っていたが、傷が付いたり反ったりするとカードの予測が付けやすくなり、実験の精度が落ちるため、昨今ではPCが使われている。こちらの方が効率も良く、カードのようにシャッフルしたと見せかけて、実際には全く順番は変わっていない、というインチキも出来ない。もちろんこのソフトも、ランダムとはいえ、種数と数式を知っていれば原理的に予想できるので、厳密な実験とはいかなかったりもするのだが、非公式な場での実験としては充分だろう。
また、実験者もカードが何か見ていないため、被験者が表情を読んでカードを当てる、ということも出来ない。無論、透視ではなく、テレパシーの実験なら、実験者はカードを見る必要があるのだが、今回はそちらの実験ではない。
「当てるだけ?」
「ああ。これもクラスを決めるのに必要になる」
結果は、予想した通りのものだった。1セッション(一被験者一日一回)当たり五〇試行で、暁春は、記録的な的中率を見せたのだ。
これなら本当に、暁春の母親が言った通り、他の人間が見ることの出来ない《血》も視えるのかも知れない。
一度にいくつもの実験をするのは、被験者を疲れさせ、PSI(超感覚的知覚)の発揮を妨げる恐れもあるため、日にちを変えた方がいいだろう。機会はこれからもずっとあるのだから。
まず、今日の実験結果からまとめておかなければ……。
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参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
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