可不可 §ボーダーライン・シンドローム§ サイコサスペンス

竹比古

文字の大きさ
上 下
211 / 350
Karte.10 天才児の可不可―孤独

天才児の可不可―孤独 2

しおりを挟む


「お母さん、それは違いますよ。お子さんは決して変わっている訳ではありません」
 前髪が頭頂部に向かってかなり後退した――禿げ上がった心理学者、ドクター・ニコルズは言った。四十代の後半くらいか。口ひげを生やし、細身で、丸いメガネを掛けている。
「ですが、学校でも授業は聞かない、クラスメイトとも仲良く出来ない、いつも一人孤立していて、先生からも――」
「いいえ、それは当然のことなのです」
「……当然?」
「いいですか、お母さん。カイル君の成績はクラスでトップです。授業にも集中できず、一生懸命勉強している訳でもないのに――。ですから、問題はお子さん自身にではなく、周囲の環境にあるのです」
「ですが、きっと、どこへ転校しても、あの子の性格では……」
 それに、問題は性格だけではないのだ。こんなことは誰にも言えないが……。
「今も申し上げた通り、問題は性格でもありません。この状況の一番の問題は、カイル君のIQの高さにあるのです」
「……IQ、ですか?」
「ええ。彼は、ここで学ぶには、他の生徒と余りにもIQがかけ離れ過ぎていて、全く話がかみ合わないのです。彼が考えていることと、クラスメイト達が考えていることは、まるで違う。――ですから、カイルくんの性格に問題があってクラスに解け込めない訳ではありません」
「はあ……」
 学者先生の言うことは、正直全てを理解できたわけではないが、自分の息子を否定されるのではない――今までの先生たちとは違う展開に、安堵と期待が芽生えていたのも事実だった。
「IQの差は重大です、お母さん。興味を惹かれる内容も、思考の方法も違う者が相手では、会話にもなりません。カイル君には、同じようにIQが高くて周囲の子供たちとの接し方に困っている子供たちが学ぶ、ギフテッド・スクールへの編入をおすすめします」
「ギフテッド……ですか?」
「特に変わった学校ではありません。クラスが能力別になることと、IQに合った授業を受けられること――、子供たちの才能を存分に伸ばせる学校です。このまま今の学校に通い続けていては、学習意欲に問題が出たり――いえ、これはすでに授業を聞かない、という問題がでていますし、そうなると、これからも周囲の誤解を招く行動が続いたり、解け込めないままに反社会的な行動をとる場合もあります」
「反社会的……。そんな……っ」
 ただでさえ、普通の子と違って、誰にも視えないものが視えてしまう、という問題も抱えているのに――。
「カイル君は、周囲のレベルにまで自分を落として皆に接することが出来ません。――いえ、それをしようとすれば、かなりのストレスになるでしょう。本来の彼の能力は、もっと上のところにあるのに、大学生が小学生に混じって真面目に足し算をさせられているような退屈な授業を受けているのです。そんな授業、彼でなくとも聞く気にはならないでしょう? 足し算を一生懸命考えているクラスメイトたちとは、これからも話がかみ合わないに違いありません」
「……」
 ドクター・ニコルズの言っていることは、理解できた。
 だが――。
「ですが、うちは母子家庭で、そんな特別な学校へは、とても――」
「心配いりません。授業料は無償で、IQが高いが故の問題をサポートするスタッフも、心のケアをするセラピストも揃っています」
「……」
 ――無償。
 それは、何よりも大きな言葉だった。
 いや、迷いを取り払うための唯一の言葉だった、と言ってもいい。
 いつも学校では迷惑がられていた息子が誰かに認められ、彼は賢い子だから自分がいる学校に来て欲しい、と望まれたのだ。そんなことは初めてで、ドクター・ニコルズの話を聞き終わる頃には、すっかり決意は固まっていた。
 暁春の気持ちはまだ聞いていなかったが、皆に邪魔者扱いされている今の学校で学ぶよりも、自分に合ったレベルの学校に行きたい、と言うに違いない。
 やっと、安心して過ごせる場所が見つかったような気分だった。
 そして、その高揚した気分のままに、今までの不安を口にしていた。
「実は、あの子は時々、視えもしないものを……」


しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

妻への最後の手紙

中七七三
ライト文芸
生きることに疲れた夫が妻へ送った最後の手紙の話。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

処理中です...