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Karte.9 民俗学の可不可―奇習
民俗学の可不可―奇習 31
しおりを挟む警察の手が入ろうと、その土地の風習まではどうすることもできないだろうが、少なくとも外部の人間にこの奇習のことが知れることになった、というのは、大きな転機になるに違いない。
それとも、何があろうと簡単には変わらないのが、田舎の人々の暮らしなのだろうか。
確かに、離婚率が三組に一組、という今の日本の現状を鑑みれば、この村のやり方こそ、今のこの国に合っているような気もする。
一人の夫に、一人の妻、結婚は一度で、不貞は許さない――そんな見せかけだけの理想よりも、余程。
「先生」
「ん?」
「ぼくはやっぱり人とうまく接することが出来ません。彼女にあんな無責任なことを言ってしまうなんて……」
仁の言葉は、自らの過ちを悔いるように、沈んでいた。
「傷つけようとして言った訳じゃない」
「でも――」
「結果はどうあれ、彼女は君の言葉のお陰で素直になれた。もし、君と会わず、鷲見桂一郎と結婚していたとしても、彼女は同じように傷ついて後悔したかも知れない。だが、今の彼女は結婚を断ったことを後悔しているようには見えない」
「……そうでしょうか」
「ああ。君に恋をしているんだから」
春名が言うと、仁は真っ赤になってうつむいた。
多分、こんな経験も、仁には初めてのことだっただろう。
依頼主である笙子には、戻ったら散々文句を言ってやりたかったが、取り敢えず今は、温泉にでも浸かってゆっくりしたい。
もちろん、沼尾匡が無事だったことと、しばらく市内の救急病院に入院することは笙子にも伝えておかなくてはならないが、これからの予定は伝えずに、酷い目にあった分を取り戻すつもりだった。
「さあ、やっと休暇らしい休暇だ。温泉に入って海の幸山の幸を食べまくるぞ!」
「東京じゃ今、家族単位どころか、個人単位の生活しかないのに、田舎では家族だけじゃなく、村全体で生活していたりするんですね」
「まあ、どっちも良い部分もあり、悪い部分もあり、だ」
少し寂しげな仁の口調に、春名はその心の内を知りながら、軽い口調で受け応えた。
今の仁には――いや、幼い頃からだが、仁にはすでに家族と呼べるものもない。母親に置き去りにされてからは、肉親というものもなく暮らしているのだ。自分のために泣いたり怒ったり、幸せを考えてくれたりする家族の姿は、例え、あの村のように間違った方向に向いていたとしても、暖かいと感じるものだったのかも知れない。
そういう春名だって、実家にはほとんど顔を出していないのだが……。
温泉と海幸山幸を堪能して、春名と仁がマンションに戻ると、待っていたように電話のベルが鳴り出した。
いつものように電話に出ようとする仁を「いいから」と押しとどめ、春名は受話器を持ち上げた。
――笙子だったら、まず文句を言ってやる。
そう思ったのだが、携帯ではなく、自宅の電話にかかっているのだから、きっと笙子ではないのだろう。
仕事の電話か、生命保険の勧誘か――。そんなことを考えながら電話に出たのだが、
「もしもし――え、あ、イエス」
電話はアメリカ大使館からだった。
「イエス……。イエス。仁暁春――カイル・レン」
春名がそう繰り返すのを聞いて、仁は「何事?」といった様子で首を傾げた。自分の名前が――しかも、中国名だけでなく、USAでの呼び名まで出て来たのだから、当然だろう。
何より、母親に捨てられたことで孤児になった仁には、こうして電話をかけて来てくれる相手もいないのだから。
そして、電話の内容は――。
「仁くん、大使館から君に電話だ。お母さんが見つかったらしい」
これは、歓んでもいい知らせだったのだろうか。
それとも……。
完
※次回『Karte.10 天才児の可不可―孤独』を掲載します。
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