203 / 350
Karte.9 民俗学の可不可―奇習
民俗学の可不可―奇習 25
しおりを挟む電話が鳴った。
「――え? 結婚しない? なんで?」
電話の相手はぶっきらぼうに、「何だっていいだろ」みたいなことを吐き捨てたが、何かに腹を立てているようであることは感じ取れた。
「じゃあ、あいつはフリーなんだな?」
その言葉に相手は、「ああ」と、うなずいた。
それさえ聞ければ問題はない。
各家への赤飯は間に合わなくて配られないだろう、ということだったが、こんな小さな村では配られる以前に皆知っていて、あんなものは形に過ぎない。
「ラッキー」
電話を切り、少年は込み上げる性欲に、股間を握った。
「夜までもたないって、これじゃ」
何しろ若いのだから、人並み以上に性欲がある。頭の中は、セックスと女の体のことで一杯で、今、抜いたからといって、夜、役立たずになる、ということもない。
「祭りに行かずに残っててよかった。帰って来れない奴らは残念だな」
早速、ズボンを開いて、自慰に耽る。
「ああ、サラサ……。サラサ……っ!」
あっと言う間に昇りつめ、屹立した欲望が快楽に満ちた。
そして、それは彼一人だけではなかった。
他の動物と違い、年中発情期の人間は、いつも強烈な欲望に飢えている。
風俗も何もないこんな田舎町では、尚更に……。
「どうかしたのか?」
そう春名に訊かれ、
「何だか……。いえ、村の人たち、ぼくたちが今夜『離れ』に泊めてもらう、ってことを知ってるんですよね?」
「夜這のことか?」
「先生と旅行に出ると、ロクなことがないですから」
まさかとは思うが、母屋の方から流れて来る赤飯の匂いと、さっき春名と話していた奇習のことを踏まえて、仁は、早々に打ち消しておきたい言葉を口にした。
もちろん、春名は大笑いをし、
「忍び込んで来る奴がいたとしても、すぐ気付くだろ」
もっともである。
仁一人ならともかく(?)、春名も共に居るのだから。
「彼女は――」
言いかけた時、離れの外に近づいて来る足音が聞こえ、仁はそれ以上の言葉を呑みこんだ。
足音の快活なテンポからしても、今、話題に出そうとしていたサラサのものだろう、と予測がつく。
「入ってもいい?」
声もどこか弾んでいて、晴れやかな空を見上げるようで。
仁の無神経な言葉で――もとい、女心を解さない言葉で嫌な思いをさせてから、何か気の晴れることがあったのだろうか。
仁には覚えがないのだから、そんなこととは関係なく、何かいいことがあっただけかも知れない。彼女くらいの年の女の子なら、友だちとお喋りをするだけでも、気がまぎれることもあるだろうから。
「どうぞ」
春名が返事をするが早いか、サラサが離れに飛び込んで来た。
「私、今、桂一郎さんのところに行って、結婚を断って来たの!」
と、溌剌とした言葉を口にしたかと思うと、
「私、仁さんのことが好きみたい!」
澄み切った青空のような瞳で、続けて言った。
「へ?」
「え……?」
二人して惚けた顔になってしまったのも、無理はない。
何しろ、彼女とは数時間前に出会ったばかりだったのだから。
もちろん、恋が時間でないことも知っているし、人を好きになるのに特別な状況は必要ない、ということも解っていたが。それでも、ここまで大胆で明るい告白は初めてで、二人はただ驚かされるしかなかったのだ。
先に口を開いたのは、春名だった。
「出ていようか?」
気を利かせての問いかけである。
だが、サラサは、
「ううん! もう言っちゃったし、二人っきりにされると、返って話せなくなりそうだし」
どうやら、桂一郎との結婚を断った後の高揚感で、怖いものなしになっているらしい。
「あの、ぼくは……」
確かにサラサは可愛いし、仁と違って快活で、惹かれる部分はたくさんある。
それでも仁は、ずっとここにいられるわけでもないし、春名がいなければ……また、色々なものが視え、聞こえるようになるかも知れない。
いや、そんなことは関係ない。春名以上に仁のことを理解し、共に居たいと思える人間がサラサか、と問われれば、それは……。
仁が返答に困っていると、
「いいの。まだ中学生だし、大学に入ったらきっと東京に出て――ううん、寮制の高校に入って、この町を出るの。その決心がついたから、私、今、ものすごく心が軽くて――。いつか私が行くのを待っててね! 必ず行くから」
サラサは淀みのない口調で一気に言うと、また、嬉しそうに笑顔を作った。
何と言っていいのか判らなかったが、春名も口を挟まなかったので、
「……うん」
仁はやっと、それだけを言った。
これでは、どちらが年上だか判らない。――いや、恋の上では、サラサの方が間違いなくしっかりしていただろう。そう思っていたのだ、その時は、まだ……。
サラサが少女マンガのような恋愛に憧れていることなど、仁は知りもしなかったのだから。
まるで、この村の奇習から目を逸らすように……。
0
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。


百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる