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Karte.9 民俗学の可不可―奇習
民俗学の可不可―奇習 21
しおりを挟むそうだったのだ。
沼尾匡も、この奥美里を出て行った一人だったのだ。恐らく彼は医大に入るために、この辺りの中学、高校ではなく、それなりの進学校に通っていたはずだから、その頃からずっとここを離れていたのに違いない。
その頃はまだ、ここも於地村と呼ばれ、美里町になってはいなかった。
「ここ以外の都市で若い頃を過ごした人なら、ここの風習に疑問を持ってもおかしくないですよね?」
たとえ、他の男たち、女たちが心待ちにしているような風習でも。
「だろうな。中学、高校、大学で好きな子が出来て、付き合って、それが当たり前だったんだから」
「笙子先生のことですね?」
「……。沼尾匡の相手が、笙子一人とは限らないだろ」
春名は不機嫌な顔で、仁を睨んだ。
「やっぱり、気にしてるんですね、笙子先生の昔の恋人のこと?」
「気にさせてるんだろ」
不毛な会話はこれくらいにして、
「そんなことはどうでもいいんですけど――」
「いい性格だな」
「その話がしたいんですか?」
「……」
春名が黙ったのを幸いに、
「笙子先生の元恋人は、この村の奇習を公表しようとして、殺されたんじゃないかと思うんです」
「まだ死体は出てないぞ。どこかに監禁されているのかも知れない」
「解ってます。監禁するとしたら、自宅ですよね。目が届くし、食事や排泄の世話もしやすいし」
「だろうな。自宅は医院だったから――。近くに農業用用水池もあった。医者なら、どれくらいの重りを付ければ死体が浮いて来ないか知っているかも知れない」
「じゃあ、死体になっているなら、その用水池が怪しいですね」
「問題は、どっちにいるとしても、俺たちでは調べられない、ということだ」
そうなのだ。春名の言う通り、自分たちには何の権限もなく、村の人たちも他所者の二人に村の秘密を話してはくれないだろう。
《 知らなかったんだ。皆、狂っている。助けてくれ 》
そんな手紙を笙子に送った沼尾匡は、きっと村の奇習について、何も聞かされていなかったのに違いない。医者になるための勉強もあっただろうし、小中学校の頃から、勉強の妨げになるような《性》の話は、きっと両親も口にしなかったはずなのだから。
それが幸だったのか不幸だったのかはともかく……。
「恐らく、民俗学に傾倒して調べている内に、この地方の奇習について触れた文献を目にしたんだろう」
春名が言った。
「だから、自分で確かめるために、十年以上ロクに帰っていなかった奥美里――於地村に帰って来たんですね」
「恐らく、自分の村がその奇習を密かに続けている地域だとは知らなかったに違いない。この辺りの地方らしい、ということは判っていても」
だから、ここを起点に調べるつもりをしていたのだ。
それが……。
「ショックだったでしょうね……。自分の父親が血の繋がった父親ではなく、村の男たちの中の誰か、としか判らない、と知った時は」
「もしくは、自分の両親が村の多くの者たち――顔見知りの人間たちと関係を持っていたことも、だな」
夜は各々の家にある離れに忍び込んで性欲を満たしながら、昼間は善良で朴訥な田舎者のフリをして、何事もなかったかのように挨拶を交わす――そんな村の人々の生活が。
隣のおじさんも、向かいのおばさんも、学校の先生も、役場の誰かも、皆、汚いもののように思えたかも知れない。
そして、狂っているように……。
「この地では昔からの風習でも、他所から見れば信じられない奇習ですからね……」
民俗学に興味を持たなければ、こんなことにならずに済んでいたかも知れないというのに。
医者のままでいれば……。
「でも、ぼくたちが離れに泊めてもらえるってことは、ぼくたちが夜這をかけられたりしないですよね?」
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