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Karte.9 民俗学の可不可―奇習
民俗学の可不可―奇習 14
しおりを挟む雲が去り、陽が射す縁側に春名の服を干させてもらい、仁はそのまま台所にいるサラサの母親の元へと足を向けた。
縁側は二間続きの和室に沿ってあり、マンションサイズの八畳間と比べると広いが、同時に暗くもある。昼間でも電気をつけないと、本を読むのにも不自由しそうな雰囲気だ。縁側に出る障子を閉めてしまえば、さらに暗くなるだろう。
外は明るく、田畑は雨の雫で輝いているのに、家の中だけ厚い雲に覆われているようだった。
これが、日本の田舎の家の造りなのかも知れない。
家々は点在する形ではなく、山裾に並んで建っている。平坦な場所は田畑が占め、裾野と市道沿いの一角に、人が住んでいるのだ。
七、八十戸ほどだろうか。
その内の一軒、サラサの家は、山裾の瓦屋根の一戸だった。
「お風呂と洗面所、ありがとうございました」
そう言って、仁が台所にいるサラサの母親、能年澄江に声をかけると、
「都会の人には使いにくいでしょう?」
と、最初よりは愛想よく、それでも他所の人間に対する警戒心を持ちながら、小豆を煮る鍋の火を小さくした。
「あ、ぼくも手伝います。――何を作るんですか?」
クン、と豆の匂いを嗅ぎながら、仁は訊いた。
料理なら仁もそこそこ出来る。
「――赤飯をね」
「赤飯? 何かのお祝いですか?」
「ええ……。女の子のいる家では、大人になるとお祝いをするのよ」
何だか少し返答に困っているようだったが、澄江は曖昧に応えると、そわそわと野菜を探し出した。
「うわ、これ全部ここで採れるんですか?」
形や大きさが一定でないイモや玉ねぎ、葉物類は、いかにも自宅用野菜の風格がある。
「子供はみんなの宝だから、ここではみんな自分の子として、野菜もお米も卵もお互いに分け合うのよ」
「へぇ、いい処ですね」
と、こんな世間話をしている場合ではない。村尾匡のことを訊かなければ――。そう思ったのだが、何やらバタバタと廊下を駆けてくる足音がして、サラサが台所へと入って来た。見れば、顔もやけに赤い。
「あ、そうだ。先生に着替えを持って行ってくれたんだってね。さっきお母さんから聞いたよ。ありがとう」
仁が言うと、サラサはますます赤くなって、
「べ、別にっ。――財布、届けに行くんでしょ。早く行きましょ」
と、何やら早く家から出たそうに、仁の腕を引っ張った。
「え? でも、先生が――」
また、さらに赤くなる。
「お巡りさんがいる日かどうか見に行くだけなんだから――。早く!」
「う、うん……」
何故、急にこんな展開になったのかは判らなかったが、取り敢えず、今日が空き交番なのかどうか確かめに行くだけなら、そう時間もかからない。何しろ交番は、バス停のすぐ側らしく、ここから歩いて十五分。
それに、春名も小さな子供というわけではないし……。
何より、自分の腕をつかむ、サラサの細くて柔らかい指が、心地良くて、暖かくて。
春名とは全く違う小さな手で、白くて、華奢で……。
まるで、自分たちとは違う生き物のようで……。
仁は腕を引かれるままに家を出て、雨上がりの清清しい空の下を歩き始めた。
そういえば、春名以外の誰かと、こうして並んで歩くのは初めてだったかも知れない。――いや、小さい時は、母親と手をつないで歩いていた。柔らかくて、細い指だったような気がする。サラサのような……。
「えーと……」
今は何も訊かないでおこう。もしかするとサラサは、仁が、赤飯を炊いている理由を母親に訊いたのでは、と思って慌てたのかも知れないのだから。
仁だって、女の子が大人になる祝い、と聞けば、何の事だか想像はつく。もちろん、頭でっかちの知識としてだけ、だが。
「――あっちだっけ?」
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