190 / 350
Karte.9 民俗学の可不可―奇習
民俗学の可不可―奇習 12
しおりを挟む結局、懸命なサラサの懇願を断ることも出来ず、取り敢えず家にお邪魔することにしたのだが、雨上がりの田舎道はぬかるんでいて、
「うわっ!」
春名は見事に足を取られ、滑って、転んで、泥だらけになってしまったのである……。
バスの通る市道は舗装されているのだが、一歩脇へ入ると、まだまだ未舗装の田舎道が多いのだ。
「あーあ、大丈夫ですか、先生? これじゃあ、どの道、彼女の家で水道を貸してもらわないと、バスにも電車にも乗れないですよ」
あまり乗り気ではなかった春名の背を押す出来事に、仁が得意満面に(春名にはそう見えた)言葉を向けた。
サラサの方は、
「大丈夫ですか? 顔にまで泥が跳んでますよ」
「……」
これでは、若者に気遣われる老人である。
「悪いが、家に着いたら泥を落とさせてくれ」
春名はがっくりと肩を落とし、取り敢えず泥だらけの手を田んぼの脇の用水路で洗った。大量の雨が降った後であったため、水は手を洗えるほどに流れていたのだ。
そして――。
「何だ、これは?」
手に当たったモノを拾い上げ、春名はどうみても財布らしきものに、眉を寄せた。
この雨による水の増水で、どこかから流されて来たのかも知れない。
「転んでもただでは起きないんですね」
運良く――かどうか、財布を拾った春名に、仁が言う。
その皮肉と、お尻の冷たさは気になったが、
「結構、高価そうな財布だな」
誰もが知っているブランドもので、型は古いが、こんな田舎街には不似合いに見えた。――もちろん、この村の人が市街地にブランド品を買いに行って、高級な財布を買い求めることだってあるだろうが。
二つ折りのブランド財布を開いてみると、免許証が入っているのが目についた。
失くした人は困っているだろう。
見ようと思って見た訳ではないが、カード入れから覗いている免許証には、当然、一番上に本人の名前が記されていて――。
「先生、それって――!」
仁が思わず声を上げた。
「ああ」
財布の中の免許証には、『沼尾匡』の名が刻まれていた。
「どうしてこんなところに……」
サラサの話では、沼尾匡はもうこの村を出て行った、ということだったのに。
だが、バスにしろ、電車にしろ、財布がなければ乗ることは出来ない。当人も無一文では困るだろう。見たところ、財布には免許証だけでなく、カードの類も入っている。
帰ろうとすれば、失くしたことには、すぐに気付いたはずである。それでいて、村に戻って来ることもなく、そのまま姿を消したのだとしたら……。
「警察に連絡した方がいいかもしれないな、これは」
春名は言った。
財布を残して当人が消える理由は、考えたくはないが、最悪のことも推測出来る。
「沼尾さん、まだここにいるんですか?」
サラサが訊いた。
彼女には、平和な田舎町で何か事件が起こる、などということは考えられないのかも知れない。
「ここにいないことを願うよ」
まず無理な願いだろう、と思いながら、春名は言った。
仁も、
「笙子先生、ショックでしょうね……」
と、春名の願いが届かないであろうことを知るように、呟く。
「とにかく――尻が冷たいなぁ……」
0
参考文献
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
ナルシズム 中西信男著 講談社刊 自閉症 玉井収介著 講談社刊 異常の構造 木村敏著 講談社刊 心理テスト 岡堂 哲雄著 精神病理から見る現代思想 小林敏明著
お気に入りに追加
36
あなたにおすすめの小説


どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。


クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる